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第31話 夜明け前の一手

 夜明け前の空気は、張りつめていた。

 だが、張りつめ方が違う。

 村の中央に立つ三人の人間――冒険者たちの動きが、ほんのわずかに緩んだ。剣士サラの視線は、もはや森の奥ではなく仲間へ向いている。盾役のアンは大盾を地面に軽く立てかけ、肩を回していた。魔法使いメリーは腰を下ろし、水筒の栓を開けている。

(……撤収を決めた)

 ヒトシは、確信した。

 夜通しの警戒。

 戦闘。

 そして、これ以上長居しないという判断。

 それは「安全確認」を一段階下げた瞬間でもある。

(……疲労が、出てる)

 森に潜む者にとって、その一瞬は致命的だ。

 ヒトシは、足元の石を拾い上げた。拳大より少し小さい。重さは十分。表面は角張っている。

 呼吸を整える。

 距離。

 風向き。

 相手の姿勢。

(……狙うのは、後ろ)

 魔法使い。

 詠唱役を落とせば、戦闘は単純になる。

 ヒトシは、肩を引き、腕を振り抜いた。

 ビュンッ

 短く鋭い風切り音。

 次の瞬間――

 ゴッ

 鈍い衝撃音が響いた。

「――っ!」

 メリーの体が、横に崩れる。水筒が地面に転がり、乾いた音を立てた。

「メリー!?」

 サラが叫ぶ。

 アンは即座に盾を持ち上げ、魔法使いの前に立つ。

「奇襲だ!」

「位置を特定しろ!」

 反応は早い。

 だが、完全ではない。

 ヒトシはすでに、二投目を投げていた。

 狙いは盾ではない。

 足元。

 石が地面に当たり、跳ねる。

「……くっ!」

 アンの足がわずかに滑り、体勢が崩れる。

 その瞬間を、逃さない。

 森の四方から、動きがあった。

 ゴブリンたちだ。

 枝を削った即席の槍。

 拳大の石。

 木陰から、一斉に投げ込まれる。

「……数がいる!」

 サラが叫び、剣を振る。

 飛んできた石を弾き、次の一つを避ける。

 だが、すべては捌けない。

 肩に、小さな衝撃。

「……ちっ!」

 致命傷ではない。

 だが、確実に削られる。

 アンは盾を構え直し、前に出る。

「メリー、下がれ!」

「……大丈夫……!」

 メリーは頭を押さえながら、必死に立ち上がろうとする。

 視界が揺れている。

(……まだ詠唱は無理だ)

 ヒトシは、それを見て判断した。

 出る。

 だが、正面には立たない。

 木陰から一歩だけ踏み出し、声を投げる。

「……撤収、遅かったな」

 人間の言葉。

 その一言で、冒険者たちの動きが止まった。

「……しゃべった?」

「……ゴブリン?」

 サラの視線が、森を走る。

 ヒトシは、さらに一歩前へ。

 完全には姿を見せない。

 だが、存在は隠さない。

「……ここから先は」

「……俺たちの場所だ」

 低く、はっきりと告げる。

 一瞬の沈黙。

 その隙を、ゴブリンたちは逃さない。

 さらに石が飛ぶ。

 今度は、狙いを散らす。

 盾。

 剣。

 地面。

「……囲まれてる」

 アンが歯を食いしばる。

 サラは剣を構え直し、短く言った。

「……落ち着け」

「数は多くない」

「だが、位置が悪い」

 その判断は正しい。

 ゴブリンたちは前に出てこない。

 森の影から、削るだけ。

 ヒトシは、次の石を手に取る。

(……ここまでだ)

(……深追いはしない)

 この一手で、主導権は奪った。

 だが、決着をつける段階ではない。

 夜明け前。

 最も影が深い時間。

 戦いは始まったばかりだった。

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