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第30話 助けると決めた夜

 焚き火は、もう小さくなっていた。

 薪を足さなければ消えてしまう程度の火だ。

 夜の森は深く、空気は冷え始めている。

 ヒトシは、炎の向こうにうずくまるコボルトを見つめていた。

 肩で息をし、体を小さく丸めている。走り続けた疲労と、追われた恐怖が、まだ抜けきっていない。

(……助ける、か)

 その判断が何を意味するのか、分からないほど鈍くはなかった。

 人間と関わるということは、

 こちらの存在を、はっきりと世界に示すことになる。

 今はまだ、森の奥に潜む“何か”だ。

 だが、一度踏み出せば戻れない。

「……ボス」

 メイが、抑えた声で呼ぶ。

「……人間と、やり合うことになります」

「分かってる」

 ヒトシは短く答えた。

 ゴブリンたちが、周囲で静かに息を潜めている。

 言葉は通じなくても、何かが決まろうとしている空気は伝わっていた。

(逃げるなら、今だ)

(このコボルトを追い返せばいい)

 だが、それは今までと同じだ。

 危険が来れば、切り捨てる。

 場所を捨て、また別の場所へ。

(……それで、何が残った?)

 ヒトシは、コボルトに視線を戻した。

「……村は、どこだ」

 コボルトは、驚いたように顔を上げる。

「……案内、できるか」

 一瞬の迷いのあと、コボルトは深く頷いた。

「……できる」

 ヒトシは、焚き火を見下ろす。

「……今すぐじゃない」

 その言葉に、周囲がざわめいた。

「夜明け前だ」

「暗さが一番、味方になる」

 ゴブリンたちは理解したのかどうか分からない。

 だが、ヒトシの声には迷いがなかった。

「それまで、休め」

「見張りは増やす」

「……助けに行く」

 その一言で、空気が変わった。

 決断だった。

 夜は、長かった。

 ヒトシは眠らなかった。

 横になって目を閉じてはいたが、意識は森の気配を追い続けていた。

 遠くで獣が鳴く。

 風が葉を揺らす。

 そして――

 わずかに、空の色が変わり始める。

「……時間だ」

 夜明け前。

 一番、影が濃くなる時間。

 ヒトシは静かに立ち上がった。

「行く」

 連れていくのは最小限だ。

 メイと、動きに慣れた数体。

 コボルトが、先を行く。

 焚き火の光は、もう見えない。

 夜明け前の森は、別の顔をしていた。

 暗いが、完全な闇ではない。

 輪郭だけが、ぼんやりと浮かび上がる。

 焦げた匂いが、鼻を刺した。

 血の臭いも、混じっている。

「……近い」

 コボルトが、小さく言う。

 ヒトシは手を上げ、全員を止めた。

「……ここからは、音を殺せ」

 木々の影を選び、ゆっくりと進む。

 やがて、開けた場所が見えた。

 コボルトの村だ。

 壊れた柵。

 踏み荒らされた地面。

 倒れた小屋。

 そして――

 人影。

 ヒトシは、反射的に身を低くした。

 三人。

 甲冑と武器を身につけた人間が、村の中央付近にいる。

(……冒険者)

 一人は剣を持ち、周囲を警戒している。

 一人は大きな盾を構え、動かない。

 もう一人は、後方で何かを確認している。

 夜明け前だというのに、動きは落ち着いている。

(……数は、三)

 コボルトの言っていた通りだ。

 ヒトシは、歯を食いしばる。

(……間に合わなかったか)

 だが、全滅ではない。

 村の奥、暗がりに、

 まだ生きている気配がある。

「……ボス」

 メイが、耳元で囁く。

「……どうします?」

 ヒトシは、すぐには答えなかった。

 目は、冒険者から離れない。

 距離。

 配置。

 連携。

(……強い)

 正直な評価だ。

 だが――

(だからといって)

(引き返す理由にはならない)

 ヒトシは、静かに息を吸う。

「……今は、出ない」

「……観察する」

 夜明け前。

 最も影が深い時間。

 助けると決めた以上、

 最初の一手を、間違えるわけにはいかなかった。

 森の影で、

 ヒトシは静かに、人間たちを見据えていた。

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