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第3話 狩りを、始めよう

 腹ごしらえは、できた。

 火のおかげで、少なくとも「今日を生き延びる」ことはできたと言っていい。焼いた木の実は思った以上に腹に溜まり、体の芯に熱が残る。

 だが――

「これだけじゃ、足りないな」

 木の実は季節に左右されるし、量も限られている。集落のゴブリンは三十体ほど。このままでは、いずれ取り合いになる。

 安定した食料源が必要だ。

 答えは単純だった。

「狩りだ」

 肉は力になる。

 脂は腹持ちがいい。

 骨も、皮も、使える。

 問題は、どうやって狩るかだ。

 集落を少し離れ、森の中を歩く。

 ゴブリンの体は小さいが、森の移動には向いている。低い枝をくぐり、草を踏み分けても音は小さい。

 しばらく歩くと、地面に違和感を覚えた。

「……獣道か」

 草が踏み固められ、土が露出している。頻繁に何かが通っている証拠だ。イノシシか、小型の鹿か、それとももっと小さい獣か。

 どれにせよ、狩る価値はある。

「正面からは、無理だな」

 俺たちは弱い。牙も爪もない。集団で囲めば可能性はあるが、犠牲が出る。

 だから――罠だ。

 地面を掘る。

 ゴブリンの腕力は意外とある。木の枝を使い、土をかき出す。深さは膝ほど。落ちれば、足を取られる程度だが、それでいい。

 底に尖った枝を立てるほどの余裕はない。まずは動きを止めることが目的だ。

 上から枯れ葉と土を被せ、見た目を元に戻す。

「……よし」

 次に、武器。

 拾った石を手に取り、形の良いものを選ぶ。鋭い石と、硬い木の枝。

 紐はない。だから、蔓を使う。

 石を枝の先に当て、蔓を何重にも巻きつける。引っ張っても、すぐには外れない。

「……石斧、未満だな」

 だが、殴るよりはマシだ。

 振り下ろせば、骨を砕ける。

 外れても、石は投げられる。

 あるもので作る。

 それが、今の俺たちのやり方だ。

 夕方。

 罠の近くで、息を潜める。

 風が揺れ、鳥が鳴き、森はいつも通りだ。

 ――ガサッ。

 音がした。

 小さな獣だ。兎に似た生き物が、獣道を跳ねてくる。

 次の瞬間。

 ズボッ。

 獣が、罠に落ちた。

「……今だ」

 俺は飛び出し、石斧を振り下ろす。

 鈍い感触。

 短い悲鳴。

 もう一度。

 獣は、動かなくなった。

 血の匂いが、鼻を突く。

 ――殺した。

 人間だった頃なら、躊躇したかもしれない。

 だが今は、違う。

「……食料だ」

 それだけだ。

 死体を引きずり、集落へ戻る。

 肉を火で炙る。

 じゅう、と脂が落ちる音。

 獣臭さはあるが、不快ではない。

 口に入れる。

「……」

 噛み締めると、繊維がほどけ、旨味が広がる。木の実とは比べものにならない。力が、直接体に入ってくる感じがする。

 周囲のゴブリンたちも、無言で食らいつく。

 争いはない。

 狩ったのは俺だが、独り占めはしない。

 その方が、長く生き残れる。

 頭の奥が、また僅かに熱を帯びた。

【《適応進化》が反応】

【狩猟行動を確認】

【道具使用を確認】

 変化はまだない。だが、確実に進んでいる。

 火。

 罠。

 武器。

 できることが、増えている。

 俺は、石斧を見下ろす。

「……次は、もっと大きい獲物だな」

 生き残るために。

 ゴブリンとして。

 俺たちは、

 狩る側に回り始めた。

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