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第237話 ヒトシと魔力

ヒトシは、魔力を感じていた。

目を閉じると、分かる。

濃い場所と、薄い場所。

静かな流れと、淀み。

(……大体こういうのは、循環だ)

剣でも、血でも、街でも。

止まったものは腐り、流れるものは保たれる。

ヒトシは、呼吸を整えた。

吸う。

吐く。

体の奥――

腹のさらに奥、中心と呼べる場所に、じんわりとした温かさが生まれる。

(ここか)

魔力が、そこに集まり始めている。

ヒトシは意識的に、それを回した。

押し込むのではない。

引き寄せるのでもない。

ただ、円を描くように。

ゆっくり。

だが止めずに。

すると、温かさが輪になり、流れになった。

体の内側で、魔力が回る。

(……早くできるな)

ヒトシは感覚だけを頼りに、流れを少しずつ速める。

同時に、無駄な広がりを削ぎ落とす。

コンパクトに。

効率的に。

その瞬間だった。

――空気が、動いた。

ヒトシの周囲、大気に満ちていた魔力が、わずかに――しかし確実に、こちらへ傾いた。

霧が、低い場所へ流れ込むような感覚。

(来てるな……)

適応進化が反応する。

【魔力循環を確認】

【安定した内部流路を検出】

【魔力回路を形成】

ヒトシは目を開いた。

その時、駆け足の音が近づいてきた。

「王!」

メイだった。

息が少し荒い。

「今、何をしていましたか?」

ヒトシは首を傾げる。

「……魔力を循環させてただけだが」

メイは一瞬言葉を失い、すぐに詰め寄った。

「もっと具体的にお願いします!」

「具体的?」

「どこから、どこへ!

 どうやって!」

ヒトシは少し考え、腹に手を当てた。

「中心で回してる。

 溜めて、回して、また戻す」

「溜めるだけじゃなく?」

「溜めっぱなしは駄目だろ。

 腐る」

メイの目が、見開かれる。

「……もう一度、やってください」

ヒトシは言われた通り、再び意識を集中させた。

魔力を回す。

すると――

ヒトシの体から、一段階上の魔力反応が跳ね上がった。

量ではない。

質でもない。

流れだ。

メイは、震えた声で呟く。

「……回路、です」

「回路?」

「はい。

 魔力を溜める魔法使いはいます。

 放出が得意な者もいます。

 ですが――」

息を呑む。

「安定した循環を、体内に作った例は聞いたことがありません」

ヒトシは頭を掻いた。

「そんな大層なことか?」

「大発見です」

即答だった。

「……いえ、これは」

メイは、興奮を抑えきれない様子で続ける。

「魔力を消費しない魔法使いの理屈です」

その日のうちに、メイはグルマの工房にいた。

「つまりな」

黒板代わりの板に、円を描く。

「魔力を溜めるんじゃない。

 回す」

グルマは腕を組み、唸る。

「……溜める壺じゃなくて、水車か」

「そうです!」

メイは勢いよく頷く。

「外から供給するのではなく、

 内部で循環させる」

ドワーフたちも集まり、口々に言い始める。

「回転軸がいるな」 「摩擦をどう抑える?」 「流れが暴れたらどうなる?」

数時間後。

完成したのは、小さな装置だった。

中心に輪状の魔力石。

その周囲を囲む、導魔金属の環。

外部供給はない。

ただ――

回すための構造だけがある。

起動。

その瞬間。

――フロンティア全域の魔力が、ざわめいた。

空気が、重くなる。

霧が、低く集まる。

魔力が、装置へ向かって流れ始めた。

「……おい」

グルマが、低く言う。

「これ、街が吸ってねぇか?」

メイは、喉を鳴らした。

「……吸ってます」

ヒトシは、装置を見つめながら思った。

(……これは)

便利どころじゃない。

街が、魔力を回し始める。

人に頼らず、魔力を集め、循環させる。

――国が、魔法使いになる。

ヒトシは、静かに呟いた。

「……とんでもないもの、作ったかもしれんな」

適応進化が、無言で稼働していた。

まだ、何も告げずに。

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