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第22話 選ばれる側から、選ぶ側へ

 縛られたオークたちは、地面に座らされていた。

 五体。

 どれも、先ほどまで刃を向けてきた相手だ。

 息は荒く、

 視線は落ち着かない。

 恐怖と警戒が、はっきりと混じっている。

 ヒトシは、その前に立ち、しばらく何も言わなかった。

(……さて)

 ここで殺すのは、簡単だ。

 この森では、それが“普通”だ。

 だが。

(……それで、何が残る?)

 肉は得られる。

 素材も手に入る。

 だが――

 知識は失われる。

 畑。

 家畜。

 この土地で生き延びてきた方法。

 それらは、

 殺せば二度と手に入らない。

 ヒトシは、ゆっくりと口を開いた。

「……聞きたいことがある」

 オークたちの肩が、わずかに強張る。

「この村だ」

「畑も、家畜も……」

「お前たちが、やっていたのか?」

 一瞬の沈黙。

 やがて、

 一体のオークが、恐る恐る顔を上げた。

「……ああ」

 意外なほど、素直な声だった。

「俺たちだ」

 ヒトシは、内心で息を呑む。

(……普通に、答えた)

 言葉も、通じている。

 完璧ではないが、

 意思疎通は可能だ。

「……どうして、そんなことを?」

 ヒトシの問いに、

 オークは肩をすくめた。

「……腹が減るからだ」

 単純な答え。

 だが、

 妙に重みがあった。

「狩りだけじゃ、足りなくなった」

「冬も来る」

「だから……作った」

 それだけ。

 誇りも、威張りもない。

 生きるための選択だ。

 ヒトシは、胸の奥で何かがほどけるのを感じた。

(……同じだ)

 やっていることは、

 自分たちと何も変わらない。

「……この村の、リーダーは?」

 ヒトシが尋ねると、

 別のオークが、苦笑した。

「……死んだ」

 短く、あっさりと。

「この前の戦いでな」

 ヒトシは、無言で頷いた。

 あのオークリーダーだ。

 強く、

 統率力があり、

 だが、負けた。

「……あいつが負けた時点で」

 最初に話したオークが続ける。

「俺たちは……終わりだと思ってた」

 その言葉に、

 ヒトシは眉をひそめる。

「……どういう意味だ?」

「……リーダーを失った群れは」

「他に狙われる」

「奪われる」

「殺される」

 淡々と語られる未来。

 それは、

 ヒトシ自身が、よく知っているものだった。

(……ゴブリンも、同じだ)

 弱くなれば、

 すぐに喰われる。

 ヒトシは、少し間を置いてから言った。

「……一つ、提案がある」

 オークたちの視線が、集まる。

「俺たちの仲間にならないか?」

 一瞬。

 空気が、凍った。

「……は?」

 五体のオークが、

 ほぼ同時に声を出した。

 聞き間違いを疑うような表情。

「……仲間?」

「……俺たちが?」

 ヒトシは、頷いた。

「……そうだ」

「殺すつもりはない」

「この村も、畑も」

「全部、使わせてもらう」

「その代わり――」

 少し、言葉を選ぶ。

「……一緒に、生きる」

 オークたちは、互いに顔を見合わせた。

 ざわつく。

 戸惑い。

 疑念。

 そして――

 期待。

 最初に話したオークが、頭を掻いた。

「……正直に言っていいか?」

 ヒトシは、頷く。

「……めちゃくちゃ、困ってた」

 その言葉に、

 ヒトシは目を瞬いた。

「……困ってた?」

「ああ」

「リーダーが死んで」

「畑はあるが、守れない」

「このままだと……」

 肩をすくめる。

「殺されるか、奪われるかだ」

 そして、

 少し間を置いて、続けた。

「……だから」

「仲間になれるなら」

「正直、助かる」

 拍子抜けするほど、率直な答えだった。

 ヒトシは、思わず苦笑する。

(……もっと、揉めると思った)

(……現実的だな)

 その瞬間。

【《適応進化》が反応】

【異種族との協調を検知】

【群れへの受容行動を確認】

【影響範囲:拡張】

 ヒトシの背筋が、ぞわりとした。

(……まさか)

 次の瞬間、

 オークたちが、同時に息を詰まらせた。

「……っ!?」

 一体が、膝をつく。

 別の一体が、

 腕を押さえて唸る。

「……な、なんだ……?」

 ヒトシは、目を見開いた。

(……進化……?)

 オークたちの体に、

 わずかな変化が走る。

 筋肉が、引き締まる。

 目の焦点が、鋭くなる。

 そして――

 最初に話していたオークが、

 顔を上げた。

「……あ?」

 声が、

 妙に明るい。

「……なんだこれ」

「頭が……すっきりしてる」

 次の瞬間。

「いや、まじで困ってたんで助かりますわ〜」

 軽い口調。

 場違いなほど、陽気だ。

「グルドのやつが負けたんで」

「もう殺されるしかないと思ってました〜」

 ヒトシは、完全に固まった。

(……テンション……変わりすぎだろ)

 だが、

 嫌な感じはしなかった。

 むしろ――

(……こいつ、話しやすいな)

 周囲の仲間たちも、

 戸惑いながらも、警戒を解き始めている。

 適応進化は、

 オークにも作用した。

 その事実が、

 はっきりと示された瞬間だった。

「……名前は?」

 ヒトシが尋ねると、

 陽気なオークは、胸を張った。

「……特にないっすね!」

「オークは、名前つけないんで!」

 ヒトシは、思わず笑いそうになるのを堪えた。

(……この中で、異物すぎる)

 だが。

(……悪くない)

 この場に必要なのは、

 恐怖ではなく、

 前を向く空気だ。

「……分かった」

 ヒトシは、静かに言った。

「今日から、ここは俺たちの拠点だ」

「畑も、家畜も」

「守る」

「そして――」

 オークたちを見る。

「……お前たちもだ」

 陽気なオークが、

 にっと笑った。

「……王、いいゴブリンですね!」

「王?」

 ヒトシは、眉をひそめる。

「……ボス、ですよ」

 背後で、

 ホブゴブリンの一体が言った。

 ヒトシは、ため息をつく。

(……呼び方、また増えたな)

 だが、

 今は訂正しなかった。

 ここから先は――

 混ざり合う段階だ。

 ゴブリンと、オーク。

 生き残るための、

 新しい形。

 ヒトシは、空を見上げた。

(……思ってたより、遠くまで来たな)

 だが。

 まだ、

 道の途中だ。

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