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第209話 愚策

夜。

ベスコの城壁に、ヒトシが辿り着いた頃。

空気は冷え、街は不気味なほど静まり返っていた。

――その、ほぼ同時刻。

ナラカイム王国、王城。

謁見室には、重苦しい沈黙が落ちていた。

玉座に座るナラカイム王の前に、ただ一人、男が立たされている。

スラトム侯爵。

「スラトム」

低く、感情を抑えた声だった。

「お前は、この状況をどう説明する?」

スラトムは一歩進み、膝をつく。

背筋は伸びているが、内心の緊張は隠しきれない。

「……ゴブリンキングの仕業と見て間違いないかと存じます」

王の目が細まる。

「続けろ」

「フェール、カーム、シッパル。

 解放の速度、範囲、発生時刻……いずれも人の足での移動と一致します」

スラトムは一瞬、間を置いた。

「次は――ベスコ。

 時刻的にも、ちょうど今頃かと」

謁見室に、ざわめきが走る。

ナラカイム王は、ふう、と短く息を吐いた。

「……あぁ」

ゆっくりと、玉座から身を乗り出す。

「お前には、そこまで“見えている”というわけだ」

スラトムは顔を上げない。

「では、どう対処した?」

問いは、静かだった。

だが、その裏に込められた圧は、剣よりも鋭い。

「……後手に回っているのは、事実です」

スラトムは、絞り出すように答えた。

「現状、確実な対策は一つ。

 ゴブリンキングを――殺すことかと」

その言葉が、空気を切り裂いた。

ナラカイム王の口元が、歪む。

「なるほど」

王は、ゆっくりと立ち上がった。

「ちょうど今頃――

 そいつは、ベスコにいるんだよな?」

スラトムの喉が、鳴った。

「……はい」

「よく分かっている」

ナラカイム王は、満足そうに頷く。

そして、視線を横に向けた。

「――魔法師団長、ラムダ」

呼ばれた男が、一歩前に出る。

無表情。感情の起伏が感じられない、王国随一の魔法使い。

「命じる」

ナラカイム王は、はっきりと告げた。

「ベスコに向かって、殲滅魔法を撃て」

一瞬。

謁見室が、凍りついた。

「……陛下!?」

誰かが声を上げる。

だが、王は構わず続けた。

「フロンティアに放った殲滅魔法は、どうなった?」

誰も答えない。

王は自ら言った。

「土壁と結界で防がれたと聞く。

 対象は、せいぜい千人規模だったな?」

スラトムの背中に、冷たい汗が伝う。

「今回は違う」

ナラカイム王の声に、昂りが混じる。

「五千人規模だ。

 対象は“街”そのもの――ベスコだ」

拳を、強く握り締める。

「防げるわけがない!」

その断言に、誰も反論できなかった。

スラトムは、唇を噛みしめる。

(……愚策だ)

そう思っても、口には出せない。

殲滅魔法。

正義を掲げる王国が、最も使ってはならない力。

それを使えば、確実に勝てる。

だが同時に、すべてを失う。

(……陛下は、見えていない)

見えていないのは、戦果ではない。

“その先”だ。

スラトムは、ゆっくりと頭を下げた。

「……御意のままに」

その声は、わずかに震えていた。

ナラカイム王は満足げに頷き、視線をラムダへ戻す。

「行け」

「御意」

魔法師団長ラムダは、淡々と答え、踵を返した。

その背が、謁見室を出ていく。

重い扉が閉じた瞬間。

スラトムは、胸の奥で、確信していた。

(これは……王国の手だ)

ゴブリンキングを殺すための一手。

だがそれは同時に――

ナラカイム王国が、自らの正義を焼き払う一手でもあった。

スラトムは、顔を上げない。

王の前で、ただ一度も。

――「それは間違いです」と、言えなかった自分を。

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