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第20話 大きくなった代償

 最初に気づいた異変は、空腹だった。

「……腹、減ってないか?」

 ヒトシがそう呟いたのは、目覚めてからまだそれほど時間が経っていない頃だった。

 進化の直後は、体の変化に気を取られていた。

 大きくなった体。

 増した筋力。

 はっきりとした思考。

 だが、落ち着いてくると――

 胃の奥が、嫌な音を立て始めた。

(……なんだ、この空腹感)

 ただの腹減りじゃない。

 体が、

 もっと寄越せと要求してくる。

 ヒトシは、焚き火の残りに目をやった。

 昨夜焼いたオーク肉。

 保存していた分。

 量としては、決して少なくない。

 だが――

(……足りる気がしない)

 その予感は、すぐに現実になった。

 ゴブリン――いや、

 ホブゴブリンたちが集まってくる。

 進化したことで、体格は一回り大きい。

 顔つきも、どこか人間に近づいたように見える。

 そして、全員が同じ表情をしていた。

 ――空腹。

「……ボス」

 一体が、遠慮がちに口を開く。

「……正直に言うと」

「……めちゃくちゃ腹減ってます」

 別の一体が、苦笑しながら続ける。

「昨日の倍くらい食えそうな気がしますね」

「いや、三倍じゃね?」

 冗談めかした言い方だが、

 誰も否定しなかった。

 ヒトシは、額に手を当てる。

(……やっぱりか)

 進化とは、

 単純に強くなるだけじゃない。

 維持コストが跳ね上がる。

(……食料問題、即発生かよ)

 胃の奥が、ずしりと重くなる。

 試しに、朝食を取ることにした。

 オーク肉を、昨日より多めに焼く。

 ヒトシ自身も、

 以前なら考えられない量を口に運ぶ。

 だが。

(……まだ足りない)

 食べ終わっても、

 空腹感が完全には消えない。

 周囲を見ると、

 仲間たちも似たような表情だ。

「……ヤバいな」

 ヒトシは、率直に言った。

「このままだと、食料がもたない」

 それは、誰の目にも明らかだった。

 オーク一団を倒して得た肉は多い。

 だが、無限ではない。

 しかも、

 この体格、この人数。

(……数日で底をつく)

 ヒトシは、拳を握る。

(……喜んでる場合じゃないな)

「……状況を整理する」

 ヒトシは、地面に枝で簡単な図を描いた。

「まず、俺たち」

「体がデカくなった」

「強くなった」

 そこまではいい。

「……でも」

 枝で、食料の印を打つ。

「食う量が増えた」

「今までのやり方じゃ、足りない」

 仲間たちは、真剣な表情で聞いている。

 ヒトシは、続けた。

「だから、周りを見る」

「この村の周辺に、何があるか」

「誰がいるか」

「どこまで動けるか」

 生き残るための、

 次の段階だ。

 斥候を出すことにした。

 進化したことで、

 足も速く、視野も広がっている。

「……無理はするな」

「見るだけでいい」

 ヒトシの言葉に、

 斥候たちは頷き、森へ消えた。

 その間、

 ヒトシは自分の体を改めて確認する。

 腕を振る。

 風を切る音が、以前より鋭い。

 地面を蹴る。

 軽く跳んだつもりが、

 思った以上に距離が出る。

(……慣れないと危ないな)

 力が増した分、

 制御が必要だ。

(……戦えるけど、雑には動けない)

 それもまた、代償だった。

 昼頃、斥候が戻ってきた。

 一体、二体――

 順に報告が入る。

「……東に、未進化のゴブリンの集落」

「数は、十数体」

「狩りが下手そうでした」

 ヒトシは、頷く。

(……あそこは、すぐには手を出さない)

 次。

「南に、オークの痕跡」

「ただし、今回の奴らとは別」

「小規模です」

(……オークは、まだいる)

 当然だ。

 森は広い。

 最後の報告。

「……西に、コボルトの縄張り」

「見張りがいました」

「数は……多そうです」

 ヒトシは、静かに息を吐いた。

(……なるほど)

 周囲は、

 決して空白ではない。

 だが。

「……空いてる場所も、あったな?」

 斥候が、頷く。

「……はい」

「少し離れたところに」

「獣は多いですが、群れはいません」

 ヒトシの目が、わずかに細まる。

(……オークが腹を満たしていた場所、か)

 大型の獣が多い。

 だが、住み着く集団はいない。

 理由は――

 オークが狩っていたからだ。

「……そこだな」

 ヒトシは、即座に判断した。

「次に動くのは、そこだ」

 仲間たちが、ざわつく。

「……狩り場を広げるってことですか?」

「……危なくないです?」

 ヒトシは、正直に答える。

「危ない」

「でも、やらないと餓える」

 それだけで、

 十分だった。

 誰も反対しない。

 ヒトシは、心の中で苦笑する。

(……いつの間にか、覚悟が揃ってるな)

 これは、

 ただ生き延びる集団じゃない。

 生き続ける集団だ。

 ヒトシは、改めて空を見上げた。

 森は変わらない。

 だが、

 自分たちは変わった。

(……進化って、楽じゃないな)

 強くなるほど、

 背負うものが増える。

 食料。

 土地。

 他勢力。

 考えることは、

 山ほどある。

 だが。

 ヒトシは、小さく笑った。

(……それでも)

(生きてる)

 それだけは、確かだ。

「……準備しよう」

 ヒトシの言葉に、

 仲間たちは頷いた。

 次の一手は、

 もう決まっている。

 空白地帯へ。

 それが、

 新たな生存の一歩だった。

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