第2話 火は、世界を変える
ゴブリンとして目覚めてから、半日ほどが経った。
正確な時間は分からない。だが、腹の減り具合で分かる。人間の体より燃費が悪いらしく、少し動くだけで腹が鳴る。
「……食わないと、死ぬな」
至極当たり前の結論だった。
集落のゴブリンたちは、木の実や根っこを拾っては口に入れている。だが、どれも表情が冴えない。渋い、苦い、硬い。栄養があるのかどうかも怪しい。
俺も一つ、茶色い実を齧ってみる。
「……まずい」
渋みが舌に張りつき、喉がきゅっと縮む。噛めば噛むほど嫌な味が広がった。だが、吐き出すほどではない。生きるためなら、我慢できる範囲だ。
――だが、もっと良い方法があるはずだ。
人間だった頃の知識が、ふと頭をよぎる。
「……火、だよな」
火を使えば、食べ物は変わる。
味も、消化も、安全性も。
問題は、どうやって火を起こすかだ。
幸い、森には乾いた枝が多い。石も転がっている。硬そうな石を二つ拾い、打ち合わせてみる。
カチン。
……何も起きない。
場所を変え、角度を変え、何度も試す。指先がじんと痛む。周囲のゴブリンが、不思議そうにこちらを見ている。
「気にするな」
言っても伝わらないが、作業は続ける。
――根気だ。
人間だった頃、動画で見たことがある。火花が散るまで、ひたすら叩く。
カン、カン。
カチッ。
その瞬間、小さな光が弾けた。
「……来た」
乾いた草を集め、慎重に火花を落とす。息を殺し、そっと息を吹きかける。
――ぽっ。
か細い炎が、生まれた。
集落が、一瞬で騒がしくなる。
「グギッ!」 「ガァ?」
驚きと恐怖が混じった声。ゴブリンたちは距離を取り、炎を睨みつけている。
「落ち着け」
俺は枝を足し、炎を安定させる。火は怖いが、制御できる。これを分からせればいい。
拾ってきた木の実を、枝に刺して火にかざす。
じゅっ。
皮が弾け、甘い匂いが立ち上った。
「……匂い、違うだろ」
自分で言って、少し笑う。
焼けた実を冷まし、口に入れる。
「……っ」
甘みが増している。渋みは消え、ほくりと柔らかい。喉を通る感触も良い。何より、腹に溜まる感じがある。
「これは……使える」
周囲のゴブリンたちも、恐る恐る近づいてくる。俺は無言で、焼いた実を差し出した。
一体が口に入れ、目を見開く。
「……グォ」
次の瞬間、奪い合いが始まった。
「おい、順番だ!」
もちろん通じない。だが、火の周りには自然と秩序が生まれた。焼いたものを食べた者は、明らかに動きが良い。
その時、頭の奥が微かに熱を持った。
【《適応進化》が反応】
【環境変化:火の利用を確認】
【食性の変化を検知】
直接的な変化はない。だが、感覚的に分かる。
――生存率が、上がった。
火は武器にもなる。光にもなる。恐怖にもなる。
そして何より、
俺たちを一段階上に引き上げた。
夜。
火を囲みながら、ゴブリンたちは珍しく静かだった。満腹と安心感が、集落を包んでいる。
俺は炎を見つめながら思う。
「……生き残るために、必要なものは全部使う」
知恵も。
火も。
この体も。
ゴブリンとして、生き残る。
そのためなら、
世界の使い方を、変えてやる。




