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第145話 人が増えるということ

 フロンティアに人が増え始めていた。

 それは、音として最初に現れた。

 朝の鍛冶場の槌音に混じって、人間の声が増えた。

 昼になると、通りで言い争う声が聞こえるようになった。

 夜、酒場から聞こえる笑い声が、以前よりも長く続く。

「……賑やかになったな」

 ヒトシは、工房区画を見下ろす小高い場所から街を眺めていた。

 冒険者エトワールの拠点移動宣言以降、冒険者たちが少しずつフロンティアに滞在し始めている。

 武器を求める者、依頼を探す者、噂を確かめに来ただけの者。

 理由は様々だが、共通しているのは――

 ここが「街」として認識され始めたという事実だった。

「王、ちょっといいですか」

 声をかけてきたのは、グルナだった。

 表情は落ち着いているが、耳がわずかに伏せられている。

「市場のほうで、少し揉め事がありまして」

「大きな怪我は?」

「いえ。ただ……価値観の違い、というやつです」

 ヒトシは小さく息を吐いた。

「案内してくれ」

 市場では、冒険者二人とコボルトの商人が向かい合っていた。

「だからよ、これでこの値段はぼったくりだろ?」

「森産だから高いんだ。知らないのか?」

「知らねぇから聞いてんだよ!」

 周囲には、距離を保って見守る魔物たち。

 誰も手は出さないが、空気は張りつめている。

 ヒトシが一歩前に出た。

「どうした」

 その声に、冒険者の一人が振り向き――一瞬、言葉を失った。

 ゴブリンロード。

 噂で聞いていた“街を統べる魔物”。

「……あ、いや」

 冒険者は慌てて頭を掻いた。

「値段が合わなくてな。悪かった」

「値段は交渉で決めろ。ただし、怒鳴る必要はない」

「……すまん」

 冒険者たちは引き下がり、場は収まった。

 だが、ヒトシは分かっていた。

 これは始まりに過ぎない。

「王」

 今度はグルマが駆け寄ってきた。

 やけに上機嫌だ。

「聞いてくれよ! 冒険者どもが俺の剣を見て騒いでやがる!」

「騒ぐ?」

「ああ! “やっと幻のグルマに会えた”だとよ!」

 グルマは腹を抱えて笑った。

「銘を打ったのが効いたな! いやぁ、作り手冥利に尽きるぜ!」

 喜ばしい話だ。

 だが同時に、ヒトシの胸に引っかかるものがあった。

(武器が売れる、ということは……)

 その夜、酒場で早速問題が起きた。

「おい、俺が先だろ!」

「何言ってんだ、席は空いてただろ!」

 冒険者同士の口論。

 酒が入っている分、収拾がつきにくい。

 ヨークが腕を組んで様子を見ていた。

「……なあ王」

「なんだ」

「街ってのは、面倒なもんだな」

「そうだな」

「でもよ」

 ヨークは、騒ぐ冒険者と、それを遠巻きに見る子供たちを見た。

「俺たちが守ってきた場所に、人が来るってのは……悪くねぇ」

 ヒトシは答えなかったが、同じことを思っていた。

 翌朝。

 適応進化のアナウンスが、静かに響いた。

【適応進化が反応】

【居住人口の増加を確認】

【異種族間摩擦を検知】

【都市運営思考を促進】

「……街になった、ってことか」

 ヒトシは呟いた。

 魔物だけの村だった頃には、必要なかった悩み。

 だが、人が増えれば、避けられない。

 その日の会議で、ヒトシは皆に告げた。

「ルールを作る。人間も魔物も関係ない」

 サラが頷く。

「最低限の決まりがないと、住めない人も出るわ」

 メリーも同意した。

「管理は面倒だけど、今やらないと後で大変よ」

 グルマは腕を組む。

「……工房の順番決めも必要だな」

 グルナが静かに言った。

「“自由”と“無秩序”は違います」

 ヒトシは皆を見渡した。

「この街は、誰かが奪う場所じゃない。

 一緒に生きる場所だ」

 その言葉に、反論はなかった。

 フロンティアは、確実に変わり始めている。

 それは戦争でも、陰謀でもない。

 人が集まることで生じる、小さな摩擦。

 だがヒトシは知っていた。

 この種のトラブルこそが、

 街を“本物”にしていくのだということを。

 遠くで、槌音が鳴る。

 今日もまた、フロンティアは少しだけ前に進んだ。

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