第141話 ゾルゲルトの狙い
ゾルゲルトは先刻のことを思い出していた。
ミヤリは、木の根元に座らされていた。
両手は縛られ、口元には布。
だが傷はない。
それが逆に、不気味だった。
「安心しろよ。
お前は“素材”として、丁寧に扱ってる」
低い声が、笑う。
木陰から、男が姿を現した。
細身。
装備は冒険者としては平凡。
だが、目だけが異様だった。
欲望と計算と、冷たい光。
人を“数値”として見る者の目。
「ゾルゲルト……」
ミヤリは名を知っていた。
知りたくなかった名だ。
「そうそう。
覚えててくれて光栄だ」
ゾルゲルトは肩をすくめる。
「A級パーティー《エトワール》の斥候。
若い、女、腕もいい。
――合成するには、ちょうどいい」
その言葉に、ミヤリの背筋が凍る。
合成。
それが、ゾルゲルトのスキルだった。
他者の力を奪い、
自分に“組み込む”。
剣技、魔法、感覚、耐性。
魔物でも、人間でも、条件さえ合えば――。
「テイマーじゃない。
だが似たようなもんだろ?」
ゾルゲルトは指を鳴らす。
すると、木の影から魔物が現れた。
見慣れない姿。
体の構造がどこか歪んでいる。
「これな。
“魔物同士の合成”も、できる」
誇らしげに語る。
「強い魔物を探す必要はない。
弱いのを集めて、混ぜればいい」
ミヤリの胸が、ざわつく。
「……フロンティア」
ゾルゲルトは、その名を口にした。
「最高だよ、あそこは。
噂だけで冒険者が集まる」
理性的な魔物の王。
人と魔物が共存する街。
危険か、希望か。
「俺には、巨大な狩場にしか見えない」
冒険者が集まる。
魔物も集まる。
実力者も、未熟者も。
「力が、溢れてるんだ」
ゾルゲルトは恍惚とした表情で言う。
「冒険者社会ってさ、
表向きは“夢”だろ?」
名声。
金。
英雄譚。
「でも実際は――
奪い合いだ」
依頼は限られている。
評価は相対的。
強者がすべてを持ち、
弱者は消える。
「だから俺は、効率化した」
ゾルゲルトは胸に手を当てる。
「他人が何年もかけて磨く力を、
俺は“まとめて”手に入れる」
それの何が悪い?
そう言いたげだった。
「エトワールは邪魔だ」
声が冷える。
「人気も実力もある。
しかも正義感が強い」
笑う。
「だから、分断する。
誘い出して、罠にかけて、
一人ずつ削る」
ミヤリを捕らえた理由。
それは単純だった。
「ロディは、お前に弱い」
ミヤリの目が見開かれる。
「良いよなぁ」
ゾルゲルトは嗤った。
「感情は、最高の枷だ」
その瞬間――
遠くで、戦闘音が響いた。
剣と、魔法と、
聞いたことのない咆哮。
ゾルゲルトの眉が、わずかに動く。
「……あ?」
予想外。
「エトワールだけじゃない?」
魔物の声。
だが、どこか統率がある。
そして――
人間の声。
「――下がれ!
こいつ、合成体だ!」
ゾルゲルトの顔が、歪んだ。
「……ヒトシ」
名を知っている。
知りすぎている。
「ゴブリンロード、か」
吐き捨てる。
「やっぱり、ただの魔物じゃねぇな」
ヒトシの顔を思い出し、
ゾルゲルトは、舌打ちする。
「……面倒だな」
だが、笑った。
「いいさ。
フロンティアが“脅威”だって、
もっと分かりやすくしてやる」
これは、戦いではない。
冒険者社会そのものが生んだ歪みが、
フロンティアに牙を剥いた瞬間だった。




