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第14話 準備という名の異常

 斥候が戻ってきた瞬間、ヒトシはすぐに異変を察した。

 息は荒い。

 だが、ただ怯えているわけではない。

 興奮と緊張が混ざった目をしている。

「……どうした」

 そう声をかけたつもりだったが、

 自分の声がわずかに上ずっていることに気づいて、ヒトシは内心で舌打ちした。

 斥候は言葉を持たない。

 それでも、地面に指で線を引き、点を打ち、配置を示す。

 数。

 距離。

 進行方向。

 ヒトシは、それを見て――固まった。

「……は?」

 一度で理解できなかった。

 理解したくなかった、と言った方が正しい。

「……九?」

 思わず、声に出ていた。

 斥候は、はっきりと九本の線を引いた。

 そのうち一本だけ、太く。

(……リーダー格)

 嫌な予感が、背骨を這い上がる。

「……九、体……?」

 前回、村を襲ったオークは三体だった。

 それでも、ほぼ全滅しかけた。

 今回は、その三倍。

 しかも――

(統率されてる)

 斥候の描く動きは、明らかに獣のそれではない。

 左右に散り、死角を作り、退路を断つ形。

 ヒトシは、無意識に後ずさった。

(……詰んでないか?)

 喉が、ひくりと鳴る。

 逃げる。

 森に散る。

 それが、純粋な生存率だけを考えれば最善だ。

 だが。

 ヒトシは、ゆっくりと村を見回した。

 ゴブリンたちは――

 すでに動いていた。

 誰かが命令したわけではない。

 それなのに。

 堀を掘る者。

 骨を運ぶ者。

 柵を補強する者。

 見張りに立つ者。

「…………」

 ヒトシは、思わず立ち尽くした。

(……え?)

(いつの間に?)

 自分は、まだ何も指示していない。

 それなのに、

 全員が“やるべきこと”を理解している。

(……ちょっと待て)

(俺が知らないうちに、何か進んでないか?)

 胸の奥が、ぞわりとした。

 それは喜びではない。

 戸惑いと恐怖だ。

 自分が思っている以上に、

 この群れは変わってしまっている。

「……一度、集まれ」

 ヒトシが声を出すと、

 ゴブリンたちは自然と輪を作った。

 以前のような、ばらつきはない。

 距離感も、立ち位置も、妙に整っている。

(……整列、してる……?)

 ヒトシは、内心で完全に驚いていた。

(おいおい、軍隊か?)

 いや、違う。

 命令された動きではない。

 “慣れ”だ。

 何度も一緒に動き、

 何度も生き延びた結果の動き。

 ヒトシは、深く息を吸った。

「……戦力を確認する」

 自分に言い聞かせるように、言う。

「俺を含めて……三十弱」

 斥候、戦闘要員、作業要員。

 実際に前に出られるのは――

「……二十前後」

 数だけなら、オークより多い。

 だが。

(質が違う)

 オーク一体は、

 ゴブリン三〜四体分の戦力。

 単純計算で、

 こちらは劣勢だ。

 次に、武器。

 石斧。

 骨槍。

 地面に並べられたそれらを見て、

 ヒトシは、また驚いた。

(……十本もある?)

 自分の記憶では、

 骨槍はもっと少なかったはずだ。

「……これ、誰が?」

 問いかけると、

 何体かのゴブリンが、胸を叩く。

 誇らしげだ。

(……俺が寝てる間に増えてる)

 しかも、形状が揃っている。

 長さも、重さも。

(……量産、してる……)

 背中に、冷たい汗が流れた。

 これはもう、

 “その場しのぎ”の集団ではない。

 次に、罠。

 堀。

 ヒトシが指示したのは、

 深さ腰ほど、幅は跳び越えにくい程度。

 だが、実物を見て、目を見開いた。

「……深くないか?」

 明らかに、

 自分の想定より深い。

 斥候が、身振りで説明する。

 オークの脚の長さを基準に測った。

「…………」

 言葉が出なかった。

(……そこまで考えてるのか)

 柵も、補強されている。

 枝の角度。

 間隔。

 どれも、

 突進を想定した配置だ。

(……俺より、冷静じゃないか?)

 ヒトシは、苦笑するしかなかった。

 そして、最後。

 秘策。

 ヒトシは、誰にも説明していない。

 きのこから抽出した、無色の液体。

 獣が一時的に動きを鈍らせたもの。

(……本当に、これでいいのか?)

 自分でも、まだ確信はない。

 致死性はない。

 だが、戦闘中に効けば――

(……十分だ)

 ヒトシは、骨槍の先端に、

 慎重に液体を塗る。

 量は、ごくわずか。

(……知らない方がいい)

 これは、

 最後の一線だ。

【《適応進化》が反応】

【戦闘準備の異常密度を検知】

【統率・分析行動を評価】

【集団生存率:大幅上昇】

 その通知を聞いた瞬間、

 ヒトシは、本気で硬直した。

「……え?」

 戦っていない。

 殺してもいない。

 それなのに。

(……準備、しただけで?)

 喉が渇く。

(……どれだけ今回がヤバいか、分かってるってことか?)

 適応進化が、

 危機そのものに反応している。

 それが、何より不気味だった。

 風向きが変わる。

 獣臭が、はっきりと届く。

 オークだ。

 ヒトシは、骨槍を握りしめた。

 手が、震えている。

 だが、

 もう逃げたいとは思わなかった。

(……ここまで来た)

(準備した)

(考えた)

(仲間も、考えてる)

 それでも、

 勝てる保証はない。

 だからこそ――

「……やるぞ」

 小さく、しかしはっきりと告げる。

 ゴブリンたちは、無言で頷いた。

 その目に、

 恐怖と同時に、覚悟が宿っている。

 ヒトシは、心の中で呟いた。

(……驚くのは、これで終わりにしたいな)

 だが、

 この夜はまだ――

 始まったばかりだった。

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