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第139話 匂い

 森の空気が、張りつめていた。

 風が止み、葉擦れの音すら遠のく。

 代わりに聞こえてくるのは、荒い呼吸と、金属が擦れる乾いた音。

 ヒトシは剣を構えたまま、目の前の魔物から視線を逸らさなかった。

 黒褐色の皮膚、四肢は獣、胴は人型。

 フロンティア周辺では見たことのない魔物だ。

(……こいつ、森の魔物じゃない)

 動きが違う。

 地の利を理解していない。

 だが――殺意だけは、異様に研ぎ澄まされている。

「来るぞ!」

 ヒトシの声と同時に、横から火花が散った。

 魔法剣が、魔物の腕を弾く。

「助かった!」

 声の主は、人間の男。

 魔法剣士――ロディだった。

 ロディは一瞬だけヒトシを見た。

 その視線に、驚きと判断が同時に浮かぶ。

(……魔物? いや……)

 次の瞬間、彼は考えるのをやめた。

 今は敵を斬るしかない。

「バイド、右を抑えろ! ナレン、詠唱短縮!」

「了解!」

「わかってる!」

 エトワールの連携は洗練されていた。

 だが、それでも押されている。

 理由は明白だった。

 数と、奇襲。

 魔物は二体。

 さらに森の奥から、気配が増えつつある。

「……誰かが、放ったな」

 ヒトシが低く呟く。

 ロディが息を切らしながら頷いた。

「同感だ。

 こんな魔物、依頼にも記録にもない」

 ヒトシは剣を振るい、魔物の動きを止めながら答える。

「俺たちもだ。

 冒険者が陣取る以外の動きを感じて、見に来たら……これだ」

 刃が交差する。

 魔物の爪がヒトシの肩をかすめた。

 痛みより先に、判断が走る。

(深追いするな。

 こいつらは“囮”だ)

 その瞬間――

 地面が揺れた。

「土壁、展開!」

 森の縁で、メイの声が響く。

 土がせり上がり、背後から迫ろうとした魔物を遮断した。

「間に合ったか!」

 ヨークが斧を担いで現れる。

「王、無事か!」

「問題ない」

 サラ、メリー、アンも合流し、即座に戦線を整える。

 状況は一変した。

 数で押していた魔物は、逆に包囲される形になる。

「撤退させるな!」

 ロディが叫ぶ。

「逃げられたら、次がある!」

 ヒトシは頷き、踏み込んだ。

 短く、確実に。

 殺しきる必要はない。

 “逃げられない”状況を作る。

 数分後。

 魔物は地に伏し、森には再び静寂が戻った。

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 ロディが剣を下ろし、ヒトシを見る。

「……助かった」

「礼はいい。

 それより――」

 ヒトシは周囲を見渡した。

「女の弓使い、見てないか?」


 ロディの表情が、一気に強張った。

「……ミヤリを?」

「名前は知らない。

 コボルト達が人間が人間を連れ去るところを見たという」

 ロディの呼吸が乱れる。

「……おかしい。

 森の物音を見に行っただけだ。

 すぐ戻るはずだった」

 その瞬間。

 ヒトシの頭に、冷たい感覚が走った。

【適応進化が反応】

【判定開始】

【対象:ミヤリ】

【重要度:極めて高】

【結論:ミヤリの確保は、フロンティアの存続に関わる】

「……どういうことだ?」

 ヒトシは、思わず声に出していた。

「今の判定……?」

 ヨークが、鼻を鳴らす。

「ミヤリってのは……

 ロディの匂いがするやつか?」

「なっ!?」

 ロディが反射的に声を上げる。

 バイドとナレンが、同時にため息をついた。

「ロディ、慌てなくていい」

「俺たちも、そういう関係だってことは知ってる」

「……っ」

 ロディは、何も言えなかった。

 ヨークは、肩をすくめる。

「匂い、濃いんだよ。

 守る側の匂いだ」

 ヒトシが一歩前に出る。

「ヨーク。

 追えるか?」

「たぶん、すぐそこだ」

 ヨークは、森の奥を指差した。

 そこには――

 人の足跡と、引きずられた痕跡。

「……行こう」

 ロディの声は、低く震えていた。

 ヒトシは剣を持ち直す。

(これは、偶然じゃない)

(誰かが、意図的に“彼女”を外した)

 そしてその選択が――

 フロンティアと、人間社会の均衡に触れた。

 森は、再び動き出す。

 静かに。

 だが、確実に。

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