第138話 集まる刃、噛み合わぬ意図
森の外縁。
フロンティアと呼ばれる魔物の街を囲むように、冒険者たちの野営地が点在していた。
焚き火の数は、日ごとに増えている。
人の数も、武器の数も、殺気も。
「……増えすぎじゃないか?」
エトワールの斥候、ミヤリは木の枝に腰をかけ、下を見下ろしながら小さく呟いた。
弓は膝の上。弦は外していない。
「完全に包囲網だな」
重戦士のバイドが低い声で答える。
鎧の上からでも分かるほど、彼の肩は張りつめていた。
「これ、本当に討伐依頼なのか?」 「違う気がするわね」
魔法使いのナレンは、焚き火越しに広がる人影を見つめていた。
その瞳には、警戒と困惑が混じっている。
「討伐なら、指揮官がいる。作戦もある。でも今は――」 「各自が勝手に集まってる、か」
リーダーのロディが言葉を継ぐ。
魔法剣士の彼は、剣を膝に置いたまま動かない。
「噂に釣られてる」 「“魔物の街”“ゴブリンの王”“人を操る”……その辺りでしょうね」
ナレンが肩をすくめた。
冒険者という生き物は、噂に弱い。
特に――
金
名声
前例のない敵
この三つが揃えば、火に油だった。
「それにさ」
ミヤリが木の上から続ける。
「今回、妙に私たちの近くに張り付いてる連中がいる」 「……またか」
ロディの声が低くなる。
エトワールはA級。
実力も、人気も、依頼の成功率も――文句なし。
だが、それは同時に。
「妬みの的、ってやつだな」
バイドが吐き捨てるように言った。
「前もそうだった。
大型依頼の前に、装備を壊された。
情報を抜かれた。
最悪、背中から斬られかけた」
「今回は特に危険ね」
ナレンが真剣な顔で言う。
「混戦になれば、何が事故で何が故意か、分からなくなる」 「だから言っただろ」
ロディは全員を見渡した。
「今回も、単独行動は避ける。
偵察はミヤリだけ。
俺とバイドは前に出ない。
ナレン、魔法は抑えめだ」
「了解」 「了解」 「……了解」
全員が頷く。
だが。
不安は消えない。
そのとき、遠くで声が上がった。
「おい、聞いたか!」 「フロンティアの魔物、街を襲う準備してるらしいぞ!」 「いや、人間を洗脳して軍勢作ってるって話だ!」
焚き火の向こうから、無責任な声が飛び交う。
ミヤリは眉をひそめた。
「……噂が勝手に育ってる」 「誰が流してるのかしらね」
ナレンの視線が、人混みの奥を探る。
「分からない。でも」
ロディは静かに言った。
「このまま行けば、誰かが血を見る」 「それが、私たちじゃないといいけどな」
バイドが苦く笑う。
そのとき。
森の奥――
フロンティアとは逆方向から、微かな物音がした。
枝が折れる音。
「……ミヤリ」
ロディが呼ぶ。
「了解」
ミヤリはそう言うと、音もなく森へと溶け込んでいった。
その背を見送りながら、ロディは胸の奥に小さな棘が刺さるのを感じていた。
――嫌な予感。
だが、この陣営で最も森に適応しているのはミヤリだ。
彼女が戻らない状況など、今まで一度もなかった。
だから、この時点では誰も気づかなかった。
この森が、
彼女だけを選んで呼び込んだということに。
時間が、過ぎる。
一刻。
そして、もう一刻。
戻らない。
「……遅すぎる」
ロディは立ち上がった。
「罠、かもしれないわね」
ナレンが静かに言う。
その言葉に、誰も反論しなかった。
森の異変。
地図にない道。
フロンティアという存在。
ここ数日で積み重なった“違和感”が、一点に収束しつつあった。
「他の連中は?」
バイドが周囲を見る。
だが、他の冒険者たちは動かない。
様子見。
牽制。
誰かが先に踏み込むのを待っている。
そして――
その「誰か」に選ばれたのが、エトワールだった。
「……行くぞ」
ロディは剣を握った。
「ミヤリを置いてはいけない」
「私も行く」
ナレンが杖を取る。
「当然だ」
バイドも立ち上がり、盾を構えた。
三人は森へ向かう。
その背を、複数の視線が見送っていた。
(行け)
(先を見せろ)
(どうなるか、確かめろ)
言葉にならない悪意が、確かにそこにあった。
森の中は、異様だった。
音がない。
風がない。
生き物の気配が、極端に薄い。
「……ここ、本当に森か?」
バイドが低く呟く。
「“通路”みたい」
ナレンが言った。
実際、足元には踏み固められた痕跡があった。
人為的――いや、魔物的と言うべきか。
そして。
「……見て」
ロディが立ち止まる。
木々の隙間、少し開けた場所。
そこに、見覚えのない魔物がいた。
森で見たことのない、異質な存在。
フロンティアで噂されていた魔物とも、違う。
「……誰かが、放った?」
ナレンの声が硬くなる。
次の瞬間。
地面が、揺れた。
左右から、同じ気配。
数が多い。
「囲まれたな」
ロディは歯を食いしばる。
これは偶然じゃない。
明確な“誘導”だ。
そして、誘導のきっかけは――
「ミヤリ……」
彼女は、餌だった。
そう理解した瞬間、森の奥から、低い咆哮が響いた。
その時。
まったく別の方向から、土が盛り上がった。
「――壁だ!」
巨大な土壁が、魔物の一部を遮断する。
同時に、重い足音。
「間に合ったか?」
低く、だが確かな声。
ロディが振り向く。
そこにいたのは――
見覚えのない“人間”と、
見覚えのありすぎる“魔物たち”。
「……助けに来た?」
ナレンが呆然と呟く。
ヨークが鼻を鳴らした。
「チッ、やっぱり罠かよ」
メイが土壁の向こうを見据える。
「話は後です。今は生き残ってください」
そして。
ヒトシは、剣を構えながら言った。
「――説明は、あとで全部する。今は、背中を預けてくれ」
森の中で、
立場も、種族も、噂も関係なく。
戦闘が、始まった。




