第134話 フロンティア脅威論
フェールの街は、表向きは平穏を取り戻しつつあった。
スタンピートの爪痕は深いが、人は復興に慣れるのが早い。
瓦礫は片付けられ、市場も再び声を取り戻している。
だが――
酒場の奥、役所の裏、貴族の食卓。
“話題”だけが、静かに変わり始めていた。
「聞いたか?
森の奥に“街”があるらしいぞ」
「は? 魔物の巣だろ?」
「いや……人が住んでいるらしい。
しかも魔物と一緒にだ」
笑い声が混じる。
だが、その笑いはどこか乾いている。
「それ、ラバル男爵が行った場所だろ?」
「そうだ。
調査に行った役人も、冒険者も戻ってきてる」
「……で?」
「襲われなかったらしい」
その一言で、場の空気が変わる。
「襲われない?」
「魔物だぞ?」
「それが――
“話が通じた”らしい」
沈黙。
「それが一番、怖くないか?」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「理性的な魔物」
「街を作る魔物」
「人間と交渉する魔物」
言葉が重なり合い、
次第に一つの“結論”へ収束していく。
「それ、もう魔物じゃないだろ」
「いや、魔物だからこそ危険なんだ」
別の酒場。
元兵士たちの集まる卓。
「操られてるんじゃないか?」
「誰が?」
「人間がだよ。
魔物の王に」
「スタンピートの後だぞ?」
「街が半壊してる最中に、
森の魔物だけ被害が少ない?」
「おかしいだろ」
「理性的な魔物の王」
「人間を受け入れる」
「交渉ができる」
「奴隷魔法すら解く」
言葉が並べられ、
最後に必ず付け足される。
「……今は、まだ、な」
役所の一室。
書類をまとめる役人が、低い声で言う。
「報告書では“敵対的ではない”とありますが……」
「それは“今は”だ」
上官が遮る。
「理性的であるということは、
計算できるということだ」
「理解できるということは、
欺けるということでもある」
「いつか、自分たちも操られる」
「気づいた時には、
もう遅い」
別の場所。
小貴族たちの密談。
「誰も興味を持たなかった土地だ」
「森の奥。
金にもならない、危険な場所」
「そこに“街”ができた」
「……切り取られたな」
「我々の“安全圏”が」
誰かが言った。
「大きくなる前に潰すしかない」
それは命令ではない。
計画でもない。
“常識”として、受け入れられ始めた言葉だった。
「所詮はゴブリンだ」
「一時的に賢く見えるだけだ」
「油断すれば、人間の上に立とうとする」
そして最後に、必ず付く一言。
「今のうちなら、まだ、対処できる」
遠く離れた森の奥。
フロンティアではまだ、その空気を知らない。
だが――
人間社会は、もう一歩進んでいた。




