第133話 フロンティア内部の揺れ
ラバル男爵一行が去ったあと、森の街フロンティアには、奇妙な静けさが残った。
敵意はなかった。 剣も抜かれなかった。 血も流れていない。
それでも――
皆が、同じものを感じていた。
(……今のは、戦争の前触れだ)
誰も口には出さない。 だが、空気は確実に変わっていた。
夕刻、フロンティア中央の集会所に、名前持ちと代表者が集められた。
ゴブリン、オーク、コボルト、人間。 種族の違いは、もう意識されない。
だが今日は、誰の顔にも笑みがない。
ヒトシは、全員を見渡してから、ゆっくりと口を開いた。
「……まず、ラバル男爵たちはフェールに戻った」
安堵の息が、わずかに漏れる。
「街として、フロンティアは正式に“認識された”」 「これは良いことでもあり、悪いことでもある」
ヨークが腕を組む。
「要するに……」 「隠れ里じゃ、なくなったってことか?」
「そうだ」
ヒトシは即答した。
「もう俺たちは、“見つからない場所”にはいない」 「“見られる街”になった」
沈黙。
その意味を、全員が噛みしめる。
ヒトシは、一つ息をついてから続けた。
「それと……」 「言っておかなきゃならないことがある」
視線が集まる。
「今回の会談中、俺は――」 「テイムされかけた」
一瞬、時が止まった。
「……は?」
最初に声を出したのは、ヨークだった。
「今、なんつった?」
「テイムだ」 「アークに」
ざわっ、と空気が揺れる。
「テイム!?」 「ヒトシが!?」 「王が!?」
サラが、思わず一歩前に出た。
「それ、本気で言ってるの?」
「本気だ」
ヒトシは、淡々と頷いた。
「完全操作に近いものだった」 「適応進化が間に合わなければ……」 「俺は、操られていたかもしれない」
今度は、はっきりとした動揺が走った。
怒り。 恐怖。 そして――理解。
メイが、唇を噛む。
「……だから」 「奴隷の件が、追及されなかったんですね」
「そうだ」
ヒトシは肯定する。
「俺が“異常”だった」 「アークにとっても、ラバルにとっても」
ヨークが、歯を鳴らす。
「ふざけやがって……」 「そんなもん、宣戦布告と同じじゃねぇか」
ヒトシは、首を振った。
「違う」 「少なくとも、今回は違った」
「じゃあ、なんだって言うんですか」
今度は、グルナが静かに問う。
ヒトシは、少し考えてから答えた。
「……試されたんだ」 「どこまで踏み込めるか」 「どこからが、越えてはいけない線か」
「政治ってやつか」
グルマが、低く呟く。
「そうだ」
ヒトシは、全員を見る。
「だから、方針をはっきりさせる」
ヒトシは、指を一本立てた。
「今後――」 「街にいる奴隷を、勝手に連れ出すことはしない」
一瞬、空気が張り詰める。
「ただし」
ヒトシは、すぐに続けた。
「解放を望む奴隷がいて」 「こちらが受け入れる場合」 「金を払い、合法的に引き取る」
「……買う、ってことか」
エドガーが、苦い顔で言う。
「そうだ」
ヒトシは否定しない。
「綺麗事じゃない」 「でも、正面から行く」
サラが、静かに頷く。
「……それなら」 「“攫った”とは言わせない」
「そういうことだ」
ヒトシは続ける。
「今回は――」 「俺がテイムされかけたことで」 「追及が止まった」
「……偶然だな」
ヨークが吐き捨てる。
「だが、次はない」
ヒトシの声が、少し低くなる。
「俺たちの存在が、公になった以上」 「次は、正面から来る」
沈黙。
だが、恐怖よりも、覚悟が広がっていく。
メイが、静かに言った。
「……でも」 「隠れないんですね」
「隠れない」
ヒトシは即答した。
「街になった以上」 「街として立つ」
ヨークが、口角を上げる。
「……面倒だけどよ」 「嫌いじゃねぇ」
グルナが、小さく息を吐く。
「怖いですけど……」 「それでも、ここは“私たちの街”です」
ヒトシは、ゆっくりと頷いた。
「そうだ」
そして、はっきりと言った。
「フロンティアは」 「守る価値のある場所になった」
その夜、適応進化のアナウンスは流れなかった。
だが、誰もそれを気にしなかった。
なぜなら。
この日、フロンティアは初めて――
“街としての覚悟”を、内部で共有したのだから。
静かに。 確実に。
次の波に、備えながら。




