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第130話 ラバルとヒトシの個別会談

 石造りの建物の一室は、必要以上に広くはなかった。

 だが、圧迫感がある。

 原因は、向かい合って座る男――ラバル男爵の存在だった。

 年の頃は四十代半ば。

 姿勢は崩れず、背もたれにも寄りかからない。

 装飾を抑えた貴族服は、逆にこの男が「見せびらかす必要のない立場」であることを雄弁に物語っていた。

 ヒトシは正面に座り、静かに視線を返す。

 ゴブリンロードとなった今でも、人間相手の会談は慣れない。

 だが、逃げるつもりはなかった。

「まずは――礼を言おう」

 ラバルが、わずかに口角を上げた。

「この森で起きた一連の騒動。

 私の領内で、これほど大きな出来事があったにもかかわらず、街に被害が及ばなかった」

 探るような視線。

「君の仕業でないことを、確認したい」

 ヒトシは即答しなかった。

 一瞬だけ、村の光景が脳裏をよぎる。

 血。

 瓦礫。

 泣き声。

「……俺たちも、攻め込まれた」

 低く、抑えた声。

「スタンピートの時、この村の魔物は半数が死んだ。

 守るために戦っただけだ」

 ラバルは目を細める。

「だが――君たちも、スタンピートに“参加”した可能性は?」

 言葉は柔らかい。

 だが、踏み込んでくる刃だ。

 ヒトシは一度、息を吸った。

「この村の魔物は」

 はっきりと告げる。

「魔笛を聞いても、操られない」

 一瞬。

 ラバルの眉が、わずかに動いた。

「……ほう」

 興味を隠そうともしない。

「それは、驚いた。

 魔笛に抗える魔物の群れなど、前例がほとんどない」

 指を組み、軽く笑う。

「少し踏み切りすぎたな。

 スタンピートの賠償金を請求しに来た、という話にしてもよかったのだが」

 冗談めかした口調。

 だが、その目は笑っていない。

 ヒトシは視線を逸らさず、言った。

「……俺たちへの疑いは、解けたか?」

 ラバルは肩をすくめる。

「少なくとも、君たちが“意図的に街を襲わせた”可能性は低い」

 そして、静かに続けた。

「だが、別の問題がある」

 来た、とヒトシは思った。

「フェールを攻める意思はない」

 先に言う。

「この村は、ここで生きるためにある。

 街と争うつもりはない」

「では――」

 ラバルの声が、少しだけ低くなる。

「逃げてきた奴隷たちは?」

 一拍。

「彼らは“所有物”だ。

 奴隷魔法もかかっている」

 空気が張りつめる。

 ヒトシは、内心で舌打ちした。

(ここは……とぼける)

 表情を変えず、首を傾げる。

「……そうなのか?」

 ラバルが、目を見開く。

「そんなものがあるとは、知らなかった」

 わざとらしいほど、淡々と。

「俺たちは、助けを求められた人間を受け入れただけだ。

 去るなら止めないし、残るなら拒まない」

 沈黙。

 ラバルは、じっとヒトシを見つめたまま、数秒動かなかった。

 やがて、ふっと息を吐く。

「……なるほど」

 声に、わずかな愉快さが混じる。

「君は、政治を分かっているわけではないな。

 だが――“統治者の振る舞い”はしている」

 椅子から立ち上がり、窓の方へ向く。

「面白い街だ、フロンティアは」

 振り返り、最後に一言。

「今すぐ敵にはならない。

 だが、君たちが“何者なのか”――それは、これからも見させてもらう」

 ヒトシは、深く息を吐いた。

 交渉は終わった。

 だがこれは――

 始まりにすぎない。

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