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第13話 狩られる理由

 オークの村は、奇妙な静けさに包まれていた。

 焚き火は燃えている。

 獣皮で作られた天幕も、風に揺れている。

 いつもと変わらない光景のはずだった。

 だが、そこには確かに欠けたものがあった。

「……減ったな」

 低く、腹の底から響く声が、焚き火の前で呟かれる。

 オークリーダー――グルドは、腕を組み、炎を見下ろしていた。

 筋肉の塊のような体躯。

 無数の古傷は、彼が長くこの森で生き延びてきた証だ。

 怒りはない。

 叫びもない。

 ただ、事実を受け止める冷静さがあった。

「三日前に森へ向かった連中だ」

 そう答えたのは、年嵩のオークだった。

 右肩から胸にかけて、深い傷跡が走っている。

「戻ってこない」

 グルドは、ゆっくりと頷いた。

「……死んだな」

 断定だった。

 オークにとって、仲間が戻らない理由は多くない。

 獣にやられたか、

 別の魔物にやられたか。

 いずれにせよ、

 弱かったのだ。

 それは冷酷な判断だが、

 この森で生きるための常識でもあった。

 だが、続いた言葉が空気を変えた。

「相手は……ゴブリンだ」

 一瞬、焚き火の音だけが響く。

 次の瞬間、

 ざわめきが起きた。

「馬鹿な」

「ゴブリンごときに?」

「踏み潰せば終わる相手だろう」

 怒りではない。

 困惑だ。

 オークにとって、ゴブリンは明確に格下だ。

 数がいようが、知恵があろうが、

 力で押し切れる相手だった。

 ――少なくとも、これまでは。

 グルドは、仲間たちを一瞥し、低く言った。

「……侮るな」

 たった一言で、場が静まる。

「ゴブリンは弱い。だが――」

 グルドの視線が、焚き火の向こう、闇に沈む森へ向かう。

「考えるようになったゴブリンは、別だ」

 それは、空想ではない。

 経験から来る言葉だった。

 若い頃、グルドは一度、

 ゴブリンの集団に足を取られたことがある。

 落とし穴。

 崩れる地面。

 四方から飛んでくる石。

 あの時は仲間が多く、力で押し切った。

 だが、油断していたらどうなっていたかは、

 今でも鮮明に覚えている。

「……あいつらの罠は、侮れない」

 傷跡のあるオークが、静かに言った。

 彼は、今回戻らなかった連中と行動していた個体だ。

「この前、遭遇した」

 焚き火を挟んで、視線が集まる。

「柵があった」

「落とし穴があった」

「石を投げてきた」

 オークは、鼻を鳴らす。

「ゴブリンがやるにしちゃ、手際が良すぎる」

「……統率者がいるな」

 グルドは、即座に結論づけた。

「偶然じゃない」

「知恵を持った個体がいる」

 それは、オークにとって最も厄介な存在だった。

 力だけの相手なら、いくらでもいる。

 だが、力をどう使うかを考える相手は違う。

「放っておくわけにはいかん」

 グルドは、焚き火の薪を蹴り崩した。

 火の粉が舞い上がる。

「弔いだ」

 低い声が、さらに沈む。

「そして――」

 間を置き、はっきりと言う。

「この森の秩序のためだ」

 森には、暗黙の了解がある。

 獣は獣を食う。

 魔物は魔物を食う。

 だが、必要以上に争わない。

 無駄な殺しは、巡り巡って自分たちの首を絞める。

 だから、均衡が保たれてきた。

 そこに、

 秩序を壊す兆しが現れた。

 弱者のはずのゴブリンが、

 狩る側に回った。

 しかも、

 知恵を使って。

 それは、放置すれば森全体に波及する。

「数は?」

 グルドが問う。

「九だ」

 即答だった。

「十分だ」

 グルドは、立ち上がる。

「俺が前に出る」

「逃げ場は作らせるな」

「叩き潰す」

 その言葉に、感情は乗らない。

 ただ、必要な行為として語られていた。

「徹底的にな」

 オークたちは、低く唸り、同意を示す。

 武器を取る。

 骨槍。

 石斧。

 皮の簡易防具。

 動きに無駄はない。

 これは、遊びではない。

 制裁だ。

 その様子を、

 木々の影から見つめる存在がいた。

 小さな影。

 地面すれすれを移動し、葉一枚すら揺らさない。

 ゴブリンの斥候だった。

 進化はしていない。

 だが、生き残るために磨かれた感覚がある。

(……九体)

 数を確認する。

 装備。

 配置。

 会話の内容。

 一つも見逃さない。

(……強い)

 正直な感想だった。

 これまで村を襲ったオークとは違う。

 統率があり、目的がはっきりしている。

(……殺す気だ)

 それも、遊びではない。

(……急がないと)

 斥候は、ゆっくりと後退する。

 音を立てず、痕跡を残さず。

 知らせなければならない。

 ヒトシに。

 ゴブリンたちが、

 次に直面する戦いは――

 これまでの延長ではない。

 力の差を理解した上で、

 本気で潰しに来る敵だ。

 斥候は、森の闇に溶け込む。

 その背後で、

 オークたちは動き始めていた。

 森の秩序を守るために。

 そして、ゴブリンを狩るために。

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