表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/145

第129話 ラバル男爵来訪

 森の外縁に、異物が現れた。

 整えられた装備。

 揃った歩調。

 明らかに“軍”の気配を帯びた一団だった。

 先頭に立つのは、重厚な外套を纏った男。

 白髪混じりの黒髪、老獪な眼差し。

 その横に――異様な存在感を放つ男がいる。

 アークだった。

 彼は護衛の位置にいながら、護衛らしくなかった。

 周囲の魔物たちを、値踏みするように見回している。

 ――獣を見る目だ。

 それも、狩る前の。

「……あれが、ラバル男爵か」

 ヒトシは、村――いや、街の正面で一行を迎えながら、静かに息を吐いた。

 適応進化のアナウンスは、鳴らない。

 だが、空気が張りつめている。

 フロンティアの名前持ちが揃っていた。

 ヒトシ。

 グルナ。

 グルマ。

 ヨーク。

 メイ。

 背後には、警戒態勢のゴブリン、コボルト、オークたち。

「……」

 アークの視線が、一人ずつを舐めるように移動する。

 グルマの腕。

 ヨークの体格。

 メイの魔力の流れ。

 そして――グルナ。

 グルナは、無意識に一歩、後ろへ下がった。

(……寒い)

 理由は分からない。

 だが、背中を撫でられるような悪寒。

 アークの目が、ほんの一瞬、細くなった。

(――見られている)

 魂の奥を、引きずり出される感覚。

「……」

 ヒトシは、それを見逃さなかった。

(こいつ……テイマーか)

 直感だった。

 だが、間違いない。

 その時、ラバル男爵が一歩前に出た。

「初めての対面だな」

 声音は穏やか。

 しかし、上に立つ者特有の圧がある。

「私はフェールを治める、ラバル・フォン・フェール。

 この度は、書簡の件――時間を取ってくれて感謝する」

 ヒトシは、深く一礼した。

「森の街フロンティアを統べる、ヒトシです。

 ようこそ、我々の街へ」

 その言葉に、ラバルの眉がわずかに動いた。

「……街、か」

 視線が、周囲を巡る。

 石造りの建物。

 整えられた道。

 工房。

 柵と石垣。

 魔物の街――という先入観を、静かに裏切る光景。

「想像以上だな」

 率直な感想だった。

「正直に言おう。

 私は、この森を“何もない土地”だと思っていた」

 ラバルは、視線をヒトシに戻す。

「だが、どうやら違ったらしい」

 その背後で、アークが小さく笑った。

「はは……これは確かに、面白い」

 彼は、遠慮なく一歩前に出た。

「初めまして。

 国一番のテイマー、アークだ」

 名乗りながら、視線はヒトシから離れない。

「……君が、ゴブリンロードか」

 その言葉に、周囲の魔物がざわつく。

 ヒトシは、表情を変えなかった。

「そう呼ばれることもあります」

「なるほど……」

 アークの視線が、再び名前持ちへ。

 グルナを見て、口角が上がる。

 グルマを見て、舌打ち。

 ヨークを見て、楽しげに目を細める。

「いやぁ……良いな。

 名前持ちが、こんなに揃っているとは」

 グルナの肩が、ぴくりと跳ねた。

「……この男」

 小声で、ヨークに囁く。

「嫌な感じがする」

「奇遇だな。俺もだ」

 ラバルは、アークの様子を一瞥し、軽く咳払いをした。

「アーク。

 今日は“調査”だ。忘れるな」

「分かってる、分かってる」

 だが、その声には、まったく反省がない。

 ラバルは、改めてヒトシを見る。

「書簡にも書いたが、我々はフロンティアの誕生を歓迎している」

 周囲が静まる。

「交易。

 治安。

 森の開発抑制。

 利害は一致する部分が多い」

 ヒトシは、頷いた。

「我々も、人間社会との衝突は望んでいません」

「だろうな」

 ラバルは、そこで一拍置いた。

「――だが」

 空気が、重くなる。

「住民は、魔物を恐れている」

 率直だった。

「特に、“魔物と人が共に暮らす街”という前例のない存在をな」

 ヒトシは、静かに答えた。

「恐怖は、理解できます」

 その言葉に、ラバルは目を細めた。

「理解している、か」

「はい。

 だからこそ、我々は隠れません」

 ヒトシは、街を示す。

「ここにあります。

 人も魔物も、共に生きる場所が」

 一瞬、沈黙。

 ラバルは、ゆっくりと息を吐いた。

「……なるほど」

 彼は、ヒトシを“魔物”としてではなく、

 統治者として見始めていた。

 一方で。

「――ああ、これは駄目だな」

 空気を壊すように、アークが呟いた。

 全員の視線が集まる。

「君たち、無防備すぎる」

 にやりと笑う。

「これだけの名前持ちが揃っていて、

 その力を隠そうともしない」

 ヒトシは、即座に返した。

「隠す必要がないからです」

「ほう?」

「この街は、奪うための場所ではありません」

 真っ直ぐな言葉。

 アークは、一瞬だけ驚いた顔をし――すぐに楽しそうに笑った。

「はは……いいねぇ」

 ラバルは、内心でため息をついた。

(……やはり、厄介な存在だな。この街も、このテイマーも)

 だが同時に、確信していた。

 ――フロンティアは、もう無視できない。

 人間社会にとっても。

 そして、魔物にとっても。

 この日、

 森の街フロンティアは、正式に“人間社会の視野”に入った。

 そして――

 それを最も楽しんでいる者が、確かに一人、存在していた。

 アークは、静かに呟く。

「……必ず、手に入れたい」

 その視線の先にあるのは――

 ヒトシだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ