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第128話 使者

 森の朝は、静かだった。

 石造りの家々の間を、柔らかな光が差し込み、子どもたちの足音が小さく響く。

 だがその静けさは、コボルトの斥候が駆け込んできたことで破られた。

「ヒトシ様。

 ……人間が、来ています」

 その声に、集会場の空気が変わる。

「数は?」 「三名。武装は軽装。

 旗を持っています。街の紋章です」

 “調査”だ。

 ヒトシは即座に理解した。

 これは敵意ではない。だが、好意でもない。

「通せ」

 短く告げると、周囲がざわつく。

「大丈夫なのか?」 「罠じゃねぇだろうな」

 ヨークが腕を組み、不安を隠さずに言った。

「今さら隠れても意味がない」

 ヒトシはそう返した。

「俺たちは、もう“見つかった”」

 やがて、森の奥から人間たちが現れる。

 中央を歩くのは、落ち着いた佇まいの中年の男。

 服装は簡素だが、質が良い。

 その後ろに、護衛らしき若者が二人。

 男は一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。

「フェールの街より参りました。

 ラバル男爵の使者、ユリウスと申します」

 手にしていた筒を、両手で差し出す。

「こちら、書簡です」

 ヒトシはそれを受け取り、開く。

 内容は、丁寧だった。

森の街フロンティアの誕生を、

隣接する街フェールは喜ばしく思う。

ただし、住民の多くが魔物の存在に不安を抱いている。

誤解を避けるため、

いずれ私自身が直接訪れ、話をしたい。

 読み終えたヒトシは、しばし黙った。

「……喜んでいる、か」

 その言葉に、ヨークが首を傾げる。

「どういう意味だ?」

「冗談じゃなく、本当に分からねぇ」

 “喜ぶ”という言葉と、

 “直接訪れたい”という締めくくり。

 それは祝意にも見えるし、

 同時に確認と牽制にも読めた。

「これは……」

 メイが、慎重に口を開く。

「単なる挨拶ではありませんね。

 存在を認める代わりに、

 “把握したい”という意思表示です」

「把握?」

「ええ。

 どんな街なのか。

 誰が治めているのか。

 そして――

 どこまで“許容”できるのか」

 その言葉に、場が静まる。

 ユリウスは、空気を察したのか、穏やかに続けた。

「誤解なきよう。

 これは脅しではありません。

 むしろ――

 何も知らぬまま、噂だけが先行する方が危険なのです」

「噂、か」

 ヒトシの脳裏に、ガイウスの顔がよぎる。

 歪められた言葉。

 悪意を含んだ証言。

 それが街に広がればどうなるか――

 考えなくても分かる。

「質問していいか?」

 ヒトシは、使者を見据えた。

「フロンティアは、

 人間社会にとって“敵”か?」

 ユリウスは即答しなかった。

 だが、目を逸らさず、こう答えた。

「現時点では――

 “未確認”です」

 その正直さに、ヨークが鼻を鳴らす。

「はっきり言いやがれ」

「正直に言います」

 ユリウスは、静かに言葉を選んだ。

「魔物が街を作り、人と共に暮らす例は、

 前例がほとんどありません。

 だからこそ、

 男爵は“自分の目で見る”必要があると考えています」

 ヒトシは、深く息を吸った。

「……分かった」

 そして、はっきりと言う。

「来訪を拒否するつもりはない。

 ただし――」

 一拍置いて。

「俺たちは、隠れ家じゃない。

 ここは“街”だ。

 対等な立場で来るなら、歓迎する」

 ユリウスは、わずかに目を見開き、

 そして、深く頭を下げた。

「その言葉、確かに伝えます」

 使者たちが去ったあと、

 集会場には重い沈黙が落ちた。

「……いよいよだな」

 ヨークが低く呟く。

「人間が、正式に関わってくる」

「逃げ場は?」

 誰かが問う。

 ヒトシは、首を横に振った。

「ない。

 でも――

 逃げる理由も、ない」

 フロンティアは、もう森の奥の“異常”ではない。

 人間社会に認識された街になった。

 それは、発展の始まりであり――

 同時に、試練の始まりでもあった。

 そして、遠く街フェールの酒場では。

「調子に乗りやがって……」

 ガイウスが、酒を煽りながら吐き捨てる。

「魔物の街だと?

 人間ごっこが、どこまで通じるか……」

 彼の目は、憎悪と執着で濁っていた。

 人間社会は、動き始めている。

 フロンティアを中心に――

 静かに、確実に。

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