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第127話 フロンティア

 森の朝は、いつもと変わらなかった。

 霧が低く流れ、葉に残った水滴が光を弾く。

 木々の隙間を縫う風は、相変わらず土と草の匂いを運んでくる。

 だが――

 ヒトシだけは、はっきりと感じていた。

(……空気が、違う)

 ざわめきではない。

 騒がしさでもない。

 もっと深いところで、何かが整えられようとしている感覚。

 工房の前、広場に名前持ちが集まっていた。

 ヨーク、グルマ、グルナ、メイ。

 ロックオーガとロックリザードの代表。

 人間側からはエドガー。

 そして、少し離れた場所で子どもたちが様子をうかがっている。

「……で? 急に集めて、どうしたんだ?」

 ヨークが腕を組み、首を傾げる。

 冗談めいた口調だが、目は真剣だった。

 ヒトシは一歩前に出る。

「さっき、適応進化が反応した」

 その一言で、場が静まった。

「森の街を統べるゴブリンロードが認識された、ってな」

 グルマが低く息を吐く。

「……ついに、か」

 グルナは周囲を見回した。

 石造りの建物。

 柵と石垣。

 畑と水路。

 工房の煙。

「確かに……もう“村”じゃないですね」

 その瞬間だった。

【適応進化が反応】

【フロンティアは“街”です】

【街としての機能強化の必要性を全員に認識させます】

 音は、直接頭に響いた。

 だが今回は、ヒトシだけではなかった。

「……今の、聞こえたか?」

 ヨークが、目を見開いている。

「うん」

 メイが小さく頷いた。

「魔法でも幻聴でもない。……共有されてる」

【適応進化が街へ適応】

【土地が豊かになりました】

 風が、変わった。

 土の匂いが濃くなる。

 畑の作物が、わずかに背を伸ばす。

 水路の流れが、澱みなくなる。

 誰かが、息を呑んだ。

「……すごい」

 それは賞賛でも、恐怖でもない。

 納得だった。

 ヒトシは、ゆっくりと息を吐く。

「なあ……名前を付けよう」

 視線が集まる。

「街に、だ」

 ヨークが、にやりと笑った。

「やっと来たか、その話」

「名前がないと不便ですしね」

 グルマも頷く。

「銘を打つとき、いつも困ってたんだ」

 グルナは少し考えてから言った。

「ここは……境界の街です。

 人と魔物、森と山、外と内。

 全部の“境目”にあります」

 ヒトシは、その言葉を反芻した。

(境界……フロンティア)

「……フロンティア」

 口に出した瞬間、しっくり来た。

「ここは、フロンティアだ」

 森の奥にあるが、閉じてはいない。

 拒まないが、無秩序でもない。

 まだ未完成で、だからこそ伸びる。

 ヨークが肩をすくめる。

「悪くない。

 俺たちらしい」

 グルナが微笑む。

「境界に立つ街、フロンティア」

 メイが、少し楽しそうに言った。

「魔法的にも縁起がいいですね。

 “変化の中心”という意味にも取れます」

 ヒトシは、皆を見渡した。

「俺は王だ」

「でも、この街を作ってるのは、俺一人じゃない」

 子どもたちの方を見る。

「ここで生きる全員が、フロンティアだ」

 その瞬間――

【街名が確定しました】

【フロンティア】

【統治能力が安定】

【集団意識が深化】

 胸の奥が、静かに熱くなる。

(……俺たちは、もう隠れて生きてはいない)

 名を持った。

 土地を持った。

 街として、認識された。

 ヒトシは小さく笑った。


 光が、街を包む。

 建物の輪郭が、はっきりと定まり、

 道が、自然に整っていく。

 ただの集落ではない。

 ただの避難所でもない。

 “街”として、世界に刻まれた。

【フロンティアの格が上昇しました】

【統治者の影響力が拡張されます】

【住民の結束が強化されます】

 胸の奥が、重くなる。

 責任。

 期待。

 未来。

「……重いな」

 ヒトシは、思わず笑った。

 ヨークが肩を叩く。

「今さらですよ、王」

「やめろ、その呼び方」

 だが、サラが柔らかく微笑む。

「でも……悪くないわね」

 メリーも頷いた。

「名前があると、不思議と“帰る場所”になる」

 アンは、少し照れながら言った。

「守る理由が、はっきりしました」

 ヒトシは、空を見上げた。

 この街は、もう隠れ場所ではない。

 世界に認識された、ひとつの“意思”だ。

「……フロンティアか」

 呟きながら、ヒトシは思う。

 ここから先は、

 もう逃げ道のない場所なのだと。

 それでも――

 この場所を、選んだのは自分だ。

 街は、静かに息づいていた。

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