第126話 名が知られた日
――想定より、ずっと厄介だ。
アークは、フェールの街へ続く街道を馬で戻りながら、何度も同じ結論に辿り着いていた。
森で起きた“異変”。 テイマーとしての常識が、音を立てて崩れた瞬間。
(完全操作が……上書きされた?)
ありえない。 テイムとは、力と相性、そして契約の積み重ねだ。 外部から介入され、しかも支配権そのものを奪われるなど――
聞いたことがない。
だが、事実として。 森に送り込んだゴブリンとコボルト。 そして、名を持つ個体――グルナ。
あの一帯にいた魔物との“接続”だけが、断ち切られた。
百体を従えるアークが、すべてを失ったわけではない。 だが、森に触れた者だけが失われたという点が、逆に不気味だった。
(……選別されている)
アークは、唇を歪めた。
敵は、無差別ではない。 理解している。 解析し、奪っている。
――テイマーの技術を。
ラバル男爵の執務室
「……なるほどな」
ラバル男爵は、報告を聞き終えると、ゆっくりと椅子に背を預けた。
「危険だが、全容は掴めていない。そういうことか?」
「ええ」
アークは、珍しく言葉を選んだ。
「魔人の可能性は、まだ否定できません。
ですが――それだけでは説明がつかない」
ラバルの眉が、わずかに動く。
「操られていたのは、魔物だけではないのだろう?」
「はい。
あの森では――人間と魔物が、同じ“群れ”として機能しています」
一瞬、部屋の空気が張り詰めた。
「……テイマーの仕業では?」
「違います」
アークは、はっきりと否定した。
「“誰かが操っている”のではない。
統べている。
あれは――」
言葉を探し、そして告げる。
「ゴブリンロードです」
ラバルが、静かに息を吐いた。
「……名がついたか」
「ええ。
名を持つ魔物が、街を持ち、人間を含めて統治している」
アークは、拳を握りしめる。
「そして、その中心にいるのが――ヒトシ」
その名が、初めて“公の場”で語られた。
その瞬間。
森の奥、石造りの街で。
ヒトシの意識に、冷たい波が流れ込んだ。
【適応進化が反応】
【外部勢力による認識を確認】
【森の街を統べる存在が認識されました】
「……なに?」
ヒトシは、作業の手を止める。
【ゴブリンロード:ヒトシ】
【治める土地の境界を認識】
【統治対象:
ゴブリン
オーク
コボルト
人間】
息を呑む音が、周囲で重なった。
【統治能力:上昇】
【集団意識:上昇】
【外敵に対する警戒レベル:更新】
「待て……」
ヒトシは、額に手を当てる。
「これは……俺たちが“見つかった”ってことか?」
ヨークが、低く唸る。
「……ああ。
隠れて生きる段階は、終わったってことだな」
さらに、追撃のように。
【提案】
【森の街に“正式名称”を付与しますか?】
空気が、凍りついた。
名を持つということは―― 世界に、存在を刻むということ。
ヒトシは、ゆっくりと息を吐いた。
「……冗談じゃないな」
だが、逃げられない。
テイマーが来た。 貴族が動いた。 国が、気付き始めている。
「このアナウンス……」
ヒトシは、仲間たちを見渡す。
「俺たちが、
ただの森の群れじゃなくなったって証拠だ」
沈黙の中で、皆が理解した。
――境界線を、越えたのだ。
その頃。
ラバルの館を後にしたアークは、夜風の中で立ち止まった。
「……奪われたままでは、終われない」
テイマーとして。 そして、名を持つ魔物を狙う者として。
「次は、“対策”を持って行く」
完全操作は通じない。 視覚共有も破られる。
ならば。
「……直接、会いに行くしかないか」
ゴブリンロード、ヒトシ。
ただの魔物ではない。 だが、敵かどうかは――
「まだ、決まっていない」
そう呟き、アークは夜の街へ歩き出した。




