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第121話 森に続く、地図にない道

 森の手前で、アークは足を止めた。

 空気が違う。

 湿り気を帯びた森の匂いの中に、微かに――整えられた気配が混じっている。

(……妙だな)

 この森は、彼にとって初めてではない。

 テイマーとして幾度も魔物を追い、狩り、支配してきた場所だ。

 だが今は、

 「魔物の森」ではない。

 アークは外套の奥で、指を鳴らした。

「出てこい」

 地面がわずかに盛り上がり、

 茂みの影から、ゴブリンが一体這い出てくる。

 痩せている。

 粗末な皮の腰巻き。

 アークがストックしているゴブリンだ。

「お前を使う」

 ゴブリンが、びくりと震える。

 だが、逃げない。

 “命令を待つ”ように立っていた。

「……完全操作」

 アークは、躊躇なくスキルを発動する。

 ――意識が、二重になる。

 視界が揺れ、

 世界が、低くなる。

 次の瞬間、

 アークはゴブリンの目で森を見ていた。

 嗅覚。

 湿った土。

 苔。

 木の皮。

 だが、それだけではない。

(……踏み固められた道?)

 ゴブリンの足元には、

 明らかに人為的な踏み跡が続いていた。

 草が均され、

 石が避けられ、

 道が――続いている。

(地図には、ない)

 アークの記憶にある限り、

 この森に街道は存在しない。

 それなのに。

 ゴブリンは迷いなく、その道を進む。

 左右には、

 ゴブリン。

 コボルト。

 オーク。

 だが彼らは、

 互いに襲わない。

(……?)

 コボルトがゴブリンを見て、

 警戒する様子がない。

 オークが通り過ぎても、

 威嚇も、怒号もない。

 ありえない。

 種族が混じる森はある。

 だが、秩序だった共存など、アークは見たことがない。

(誰かが、まとめている……?)

 さらに進む。

 視界の先が、開けた。

 木々の合間に、

 石造りの壁が見える。

 柵。

 見張り台。

 整えられた建物。

 ――村。

 いや。

(……街だ)

 ゴブリンの視界が捉えるのは、

 粗末な巣ではない。

 石造りの家。

 人間サイズの建築。

 煙を上げる工房。

 そして――

(人間……?)

 魔物と並んで歩く、人影。

 笑っている。

 会話している。

 逃げてもいない。

 捕らわれてもいない。

 アークの背筋に、冷たいものが走る。

(操られている……?

 いや……違う)

 完全操作下のゴブリンが、

 村の入口に近づいた、その時。

 ――視界が、揺れた。

「止まれ」

 低い声。

 ゴブリンの体が、ぴたりと止まる。

 視界の端に、

 コボルトの斥候が映る。

 目が合った。

 次の瞬間。

 ぞわり、と意識が逆流した。

(……!?)

 アークは、思わず完全操作を解除する。

 視界が戻る。

 自分の身体に、意識が戻る。

 胸の奥が、ざわついていた。

「……はは」

 乾いた笑いが、漏れる。

(これは……魔人の仕業、か?)

 だが、どこか違う。

 魔人の支配は、

 もっと乱暴で、

 もっと歪んでいる。

 あそこにあったのは――

(……“生活”だ)

 アークは、森の奥を見つめる。

 興奮が、じわりと湧き上がる。

「……名前持ち、か」

 直感が告げていた。

 この森には、

 普通じゃない“王”がいる。

 そして。

「……面白くなってきた」

 アークは、ゆっくりと笑った。

 ――狩る側として。

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