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第12話 残されたものの使い道

 夜が明ける頃、焚き火はすっかり小さくなっていた。

 赤く熾った炭が、時折ぱちりと音を立てる。

 その周囲には、昨日までの張り詰めた空気はもうない。

 オークとの戦いは終わった。

 生き残った。

 それだけで、本来なら十分なはずだった。

 だが――村の空気は、不思議と前向きだった。

 恐怖は残っている。

 死の記憶も消えていない。

 それでも、誰も下を向いていない。

 ヒトシは、その理由をはっきり理解していた。

(……食えたから、だな)

 倒したオークは、ただの敵では終わらなかった。

 糧になった。

 それが、この群れにとって何より大きい。

 ヒトシは、改めてオークの死体を見下ろした。

 肉は、すでにほとんど処理されている。

 干され、焼かれ、分配された。

 残っているのは――

 皮、骨、牙、脂、内臓。

(……捨てる理由がない)

 人間だった頃なら、考えもしなかっただろう。

 だが今は違う。

 この世界では、

 使えるものは全部使う。

「全部、使う」

 短く告げると、ゴブリンたちは当然のように頷いた。

 反対する者はいない。

 昨日までなら、

 「食えないもの=いらないもの」

 だったかもしれない。

 だが今は違う。

 この群れは、もう“生き延びるだけ”の段階を越えつつあった。

 最初に手を付けたのは、皮だった。

 オークの皮は厚く、硬い。

 石刃を当てるだけでも、かなりの力が要る。

「……これ、すげえな」

 一体のゴブリンが、削ぎ落としながら呟く。

「簡単に破れねえ」

 別のゴブリンが、引っ張ってみる。

 びくともしない。

「敷物にしたら、雨も防げそうだ」

「入口に張れば、風も防げるな」

 言葉はまだ拙いが、

 用途を考えている。

 それ自体が、昨日までとは明確に違っていた。

 皮は丁寧に伸ばされ、

 木の枝に掛けて乾かされていく。

 村の中に、

 「保存」という概念が生まれ始めていた。

【《適応進化》が反応】

【素材の保存行動を確認】

【生活環境の改善を評価】

【耐候性・耐久力:微増】

 次に扱ったのは、骨だ。

 オークの骨は太く、重い。

 人間のものとは比べ物にならない。

 ヒトシは、その一本を持ち上げてみる。

「……重いな」

 だが、

 重い=弱い、ではない。

 石よりも割れにくく、

 木よりも硬い。

「……武器になる」

 そう言うと、

 ゴブリンたちの目が一斉に輝いた。

 骨の先端を削る。

 石で叩き、形を整える。

 やがて、

 槍のような形になっていく。

「これ……石よりいいかも」

「折れにくいな」

 誰かが、試しに地面へ突き刺す。

 しっかりと、深く刺さった。

 ヒトシは、それを見て頷く。

(……戦った相手の力を、次に活かす)

 それは、ただの復讐ではない。

 生存戦略だ。

【《適応進化》が反応】

【武器素材の高度化を確認】

【攻撃効率の改善を評価】

【筋力・器用度:微増】

 牙も、捨てなかった。

 鋭く、白い。

 その形状は、明らかに“刃”だった。

 短く加工すれば、短剣になる。

 そのまま使えば、罠のトゲにもなる。

 ヒトシは、一本を地面に突き立てた。

「……境界だ」

 ここから先は、俺たちの場所だという印。

 ゴブリンたちは、その意味を完全には理解していない。

 だが、雰囲気は伝わった。

 この村は、

 ただ生き延びる場所ではなくなりつつある。

 守る場所になってきている。

 脂も、無駄にはしなかった。

 火にかけると、

 じわじわと溶け出す。

「……これ、燃えるな」

 試しに、松明に塗ってみる。

 火持ちが、明らかに違う。

「夜、明るくなる」

「見張りに使える」

 ヒトシは、その様子を見ながら、内心で感心していた。

(……完全に生活だな)

 狩り、戦い、食事。

 そこから一歩進んで、

 暮らしになり始めている。

【《適応進化》が反応】

【生活資源の循環を確認】

【夜間活動効率:微増】

【集団の生存率上昇を評価】

 作業が一段落した頃、

 誰かが軽口を叩いた。

「なあ……」

 肉を干しながら、一体のゴブリンが言う。

「またオーク、食いたくねえか?」

 一瞬、静まり返る。

 だが次の瞬間。

「おいおい、気が早えよ」

「でも、あの肉は確かにうまかった」

「脂がいいんだよな」

 笑いが起きた。

 昨日まで、

 オークは“恐怖の象徴”だった。

 今は、

 “うまかった相手”になっている。

 ヒトシは、思わず苦笑した。

「……あんまり調子に乗るなよ」

 そう言いながらも、

 否定はしなかった。

 それは、慢心ではない。

 自信だ。

 作業を終えた後、

 ヒトシは村を見回した。

 簡素な住居。

 粗い柵。

 だが、そこには確かに変化があった。

 無秩序だった動きが、

 自然と役割に分かれている。

 解体する者。

 運ぶ者。

 見張る者。

(……俺が全部指示してるわけじゃない)

 それでも、動いている。

 それが、何より大きかった。

【《適応進化》が反応】

【役割分担の自然発生を確認】

【集団知性の成長】

【統率者への信頼度上昇】

 ヒトシは、焚き火の前に腰を下ろす。

(……一歩、進んだな)

 オークを倒したことよりも、

 その後に何をするか。

 それが、

 この群れを変えた。

 誰かが言った。

「次は……もっと準備しようぜ」

 別のゴブリンが頷く。

「罠、増やせるな」

「武器も、もっと作れる」

 ヒトシは、その言葉を聞きながら、静かに頷いた。

「そうだな」

「次は、もっと楽に勝つ」

 その言葉に、

 ゴブリンたちの背筋が伸びた。

 この群れは、もう違う。

 偶然生き残った集団ではない。

 考えて、生き残る集団だ。

 そしてヒトシは、

 その中心に立っている。

 支配者ではない。

 暴君でもない。

 生き延びるために選ばれた存在として。

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