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第119話 調査開始

 街の空気が、変わった。

 表立って何かが起きたわけではない。

 騒ぎも、暴動も、叫び声もない。

 だが、確実に――

 数が合わなくなっていた。

 帳簿の上で、だ。

 奴隷の数。

 借金の残額。

 所有証の枚数。

「……また、か」

 役所の一室で、男はため息を吐いた。

 地方役人の中でも、実務を任される立場の人間だ。

「最近、逃亡が多いな」

 奴隷の失踪は珍しくない。

 森に逃げ込み、野垂れ死にする。

 あるいは盗賊に捕まり、もっと酷い扱いを受ける。

 だからこそ、通常は問題にならない。

 だが今回は、違った。

「……死体が、出ない」

 逃げたはずの奴隷が、

 見つからない。

 しかも、数が合わない。

「調べろ」

 役人は、短く命じた。

「冒険者ギルドに依頼を出せ」


 依頼を受けたのは、

 中堅どころの冒険者だった。

 討伐でも、護衛でもない。

 調査。

「楽な仕事だな」

 男はそう言いながらも、油断はしていなかった。

 逃亡奴隷を追うだけ。

 森に潜んでいるなら、痕跡は残る。

 足跡。

 焚き火の跡。

 水場。

 だが――

「……おかしい」

 半日ほど森を進んだところで、

 冒険者は足を止めた。

 踏み固められた道。

 人が、何度も行き来している。

「こんなところに……?」

 森の奥。

 本来なら、獣道しかないはずの場所だ。

 さらに進む。

 そして、視界が開けた。

見てはいけないもの

「……村?」

 いや。

 街だった。

 柵。

 石垣。

 整えられた道。

 建物は石造りで、人の街と変わらない。

「……は?」

 冒険者は、言葉を失った。

 ここは、地図にない。

 こんな規模の集落が、

 街のすぐ外に存在するはずがない。

 そして、さらに――

「……魔物?」

 見えた。

 ゴブリン。

 オーク。

 コボルト。

 だが。

 武器を振り回していない。

 襲ってこない。

 人間と一緒に、作業をしている。

「……冗談だろ」

 頭が、理解を拒んだ。

 魔物と人間が、共存?

 そんな話は、聞いたことがない。

 夢か。

 幻か。

 いや――

 現実だ。

 冒険者は、反射的に後ずさった。


「……何をしている?」

 声が、かかった。

 背後。

 振り向いた瞬間、

 冒険者の心臓が跳ね上がる。

 コボルト。

 斥候装備。

 目が、合った。

 ――終わった。

 冒険者は、即座に判断した。

 勝てない。

 戦う理由もない。

 逃げる。

 全力で、森を駆けた。

 枝を払い、

 足場を無視し、

 息が切れても止まらない。

 後ろを振り返らない。

 命が、最優先だった。

 コボルトは、追ってこなかった。

 しばらくして、

 足音が聞こえないことに気づいた。

(……深追い、しない?)

 それが、逆に不気味だった。


 街へ戻った冒険者は、

 真っ直ぐ役所に向かった。

 息を整える暇もなく、報告する。

「……森に、集落がありました」

「集落?」

「いえ……街です」

 役人の眉が、ぴくりと動く。

「……何を言っている?」

「魔物が……いました」

「魔物?」

「はい。

 ですが、襲ってはきませんでした」

 一瞬、沈黙。

 役人は、深く息を吐いた。

「……つまり?」

 冒険者は、言葉を選んだ。

「逃亡奴隷は、

 街の外れの森で、

 身を寄せ合って生きているのだと……」

「魔物と一緒に?」

「……はい」

 役人は、机を指で叩く。

 そして、首を振った。

「魔物と一緒に、というのは――」

「見間違いだろう」

 冒険者は、反論しなかった。

 あれを説明できる言葉は、

 人間社会には存在しない。

「……分かりました」

 役人は、結論づける。

「脱走奴隷が、森に潜伏している」

「魔物の話は、気の所為だ」

 そう記録された。

 だが――

 冒険者の脳裏から、

 あの光景は消えなかった。

 魔物と人間が、同じ場所で暮らす街。

 それは、

 この国の常識に対する、

 静かな挑戦だった。

 そして、

 この報告をきっかけに――

 事態は、個人の善意では済まされない領域へと踏み込んでいく。

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