表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/145

第115話 口にするという恐怖

 最初に漂ったのは、疑いの空気だった。

 集会所の中央に並べられた素材を見て、

 誰もが言葉を失っている。

 渋い樹の実。

 触るだけで指が痺れる毒キノコ。

 粉にしても喉を通らない固穀。

 川で獲れるが誰も手を出さない魚。

「……これを、食うんですか?」

 誰かが、正直な疑問を口にした。

 ヒトシは頷く。

「食えるかどうかは、試さなきゃ分からない」

 ざわ、と空気が揺れる。

「いやいや……」 「それは、無理だろ」 「死にたいのか?」

 魔物も、人間も、反応は同じだった。

 サラが腕を組み、険しい顔をする。

「ヒトシ、正直に言うわ。

 それ、私たちが過去に痛い目を見たものばかりよ」

 メリーも頷く。

「毒キノコなんて論外。

 痺れで動けなくなって、そのまま魔物にやられた仲間を見てる」

 アンは黙っていたが、視線は明確に拒否を示していた。

 ヨークは鼻を鳴らす。

「食器作りまでは感心してたがよ……

 さすがに今回は、王の暴走じゃねぇか?」

 ヒトシは、反論しなかった。

 ただ、ゆっくりと言った。

「分かってる」

「だから、誰にも無理はさせない」

 その言葉に、少しだけ空気が緩む。

 沈黙を破ったのは、

 元料理人の男だった。

 名を、ロイという。

 元は街の食堂で鍋を振るっていたが、

 主人の失敗で連帯責任を負わされ、奴隷に落とされた。

「……正直に言います」

 ロイは、素材を一つ一つ見回しながら言った。

「全部、料理人としては捨てる判断をするものです」

 ざわり、と納得の声。

 だが、ロイは続けた。

「でも」

 ヒトシを見る。

「あなたは、“食えないと思ってる物を持ってこい”と言った」

「つまり」

 ロイは、静かに笑った。

「調理以前の話をしているんでしょう?」

 ヒトシは、少し驚いたように瞬きをした。

「……よく分かったな」

「料理人ですから」

 ロイは、渋い樹の実を手に取る。

「これは、“食べられない”んじゃない」

「“食べ方を知らない”だけです」

 その言葉に、場が静まる。

 だが次の瞬間。

「いやいやいや!」 「理屈じゃなくて毒だろ!」 「痺れるんだぞ!」

 反発が一気に噴き出した。

 ロイは、うなずいた。

「ええ。怖いですよ」

「でも」

 彼は、ヒトシを見る。

「この人が言うなら、試す価値はある」

 その視線には、盲信ではなく、

 “賭け”に近い覚悟があった。

 最初の試みは、樹の実だった。

 乾燥させる。

 ただそれだけ。

「……それだけ?」

 ヨークが首をかしげる。

「焼かないのか?」 「潰さないのか?」

 ヒトシは首を振る。

「今日は、手を加えすぎない」

 ロイが補足する。

「素材がどう変わるかを見るためです」

 数日後。

 乾いた樹の実を割り、口に運ぶ。

 ――結果は。

「……無理だ」

「渋っ!」

「舌が拒否する!」

 全会一致だった。

 乾燥で多少は和らいだが、

 それでも食えるレベルではない。

 ロイは、悔しそうに息を吐いた。

「……失敗ですね」

 ヒトシは頷く。

「失敗だ」

 だが、否定はしない。

「でも、一つ分かった」

「こいつは、加工次第で“変わる”」

 誰も、すぐには信じなかった。

 次は、魚だった。

「これも無理だろ」 「骨が多いし、臭い」

 だが、ロイは黙々と下処理を始める。

 内臓を抜き、

 火を通し、

 塩を少量。

 口にした瞬間。

「……あれ?」

 アンが、驚いた声を出す。

「普通に……食べられる」

 サラも慎重に口にする。

「……美味しくはないけど」

「肉の代わりにはなる」

 魔物たちも、ざわつく。

「魚って、こんな味だったのか」 「臭いと思ってたのに」

 ヨークは腕を組む。

「……腹は、満たせるな」

 ヒトシは、それを聞いて小さく頷いた。

(少しずつだ)

(成功じゃない)

(だが、“可能性”は見えた)

【適応進化が、微弱に反応】

【新たな生存手段の模索を確認】

【試行錯誤を継続】

 アナウンスは、短かった。

 まるで、

 まだ様子見だ

 とでも言うように。

 ヒトシは、それを聞いて思う。

(まだだ)

(これは、序章に過ぎない)

 失敗もある。

 拒否もある。

 だが。

 誰も、もう言わなかった。

「そんなもの、食えるわけがない」と。

 その夜。

 集会所の隅で、ロイが一人、素材を眺めていた。

「……次は、キノコですね」

 ヒトシは、黙って隣に座る。

「怖いか?」

「はい」

 ロイは、正直に答えた。

「でも」

「生き延びるって、こういうことだと思うんです」

 ヒトシは、静かに頷いた。

 食糧問題は、まだ解決していない。

 だが。

 村は、確実に――

 一歩、前に進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ