第114話 持ち寄られる奇妙な素材
内政会議は、重かった。
空気が悪い、という意味ではない。
誰もが真面目で、誰もが現実を見ているからこそ、
軽口一つ出てこない――そういう重さだった。
「……数が、想定より増えています」
最初に口を開いたのはグルナだった。
机の上に置かれた板切れには、雑な図と数字が並んでいる。
「子供が増えました。
それに、人間……元奴隷の方々も」
言い切りの声だったが、そこには不安が滲んでいた。
ヒトシは黙って頷く。
スタンピートのあと、村は壊滅的な被害を受けた。
それでも、人は――いや、魔物も人間も、増えている。
守ったからだ。
逃げなかったからだ。
だが、生き残ったということは、
食わせ続けなければならないということでもある。
「交易は?」
エドガーが控えめに聞いた。
「完全に頼るのは、難しいですね」
答えたのはナンだった。
「街もまだ復興途中です。
畑も人手も足りない。
正直、こちらが思っているほど余裕はありません」
その言葉に、場の空気がさらに沈む。
誰かが「畑を作る」という言葉を飲み込んだのが、ヒトシには分かった。
それが正論だと、皆が分かっているからだ。
だが――
畑は、今すぐ腹を満たしてはくれない。
「……時間が、ないな」
ヒトシは、ぽつりと呟いた。
全員の視線が集まる。
ヒトシは、少し考える素振りを見せてから、はっきりと言った。
「食えるかどうかは、俺が考える」
一瞬、沈黙。
「だから――」
ヒトシは続ける。
「お前たちが“食えないと思っている物”を、全部持ってこい」
「……は?」
誰かが、素で声を漏らした。
ヨークだった。
「王、それは……」
「冗談ですか?」
今度はグルナ。
「いや、本気だ」
ヒトシは、表情を変えない。
「食える物が足りないなら、
食えないと思われている物を疑うしかない」
場がざわつく。
「そんなこと言われても……」
「毒とか、ありますよ?」
「そもそも、捨ててきた理由があるんです」
魔物たちの反応は、当然だった。
人間側も同じだ。
サラは腕を組み、眉を寄せている。
「……正直、根拠が見えないわ」
メリーも頷く。
「調理法の問題じゃない素材も多いと思いますよ?」
アンは何も言わないが、
“また危ないことを言い出した”という顔をしていた。
ヒトシは、それを全部受け止める。
「分かってる」
そして、静かに続けた。
「俺も、確信はない」
その言葉に、少しだけ空気が緩んだ。
「だが」
「何もしなければ、確実に足りなくなる」
「だったら、試すしかない」
しばらくの沈黙のあと、
誰かが小さく笑った。
元料理人だった。
人間の男で、名前はまだ覚えられていない。
だが、彼は一度も目を逸らさずにヒトシを見ていた。
「……面白いですね」
その声は、場違いなほど穏やかだった。
「正直、普通ならやらない」
「でも」
彼は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「“食えない”って決めたのは、
経験と慣習であって、
本当に不可能だったかどうかは、
誰も検証していない」
ヨークが首を傾げる。
「お前、怖くないのか?」
「怖いですよ」
料理人は笑った。
「でも、腹が減るよりはマシです」
その言葉に、誰も反論できなかった。
「……よし」
ヒトシは頷く。
「じゃあ、持ってこい」
「捨ててきた物」
「見向きもしなかった物」
「危ないから触らなかった物」
「全部だ」
こうして、奇妙な収集が始まった。
最初に持ち込まれたのは、
渋すぎて誰も口にしなかった樹の実だった。
齧ると舌が痺れるほど渋く、
動物も避けるため、
拾われることすらなかった代物だ。
「こんなの、本当に……」
次に来たのは、
痺れ毒を持つキノコ。
サラ、メリー、アンの三人は、
それを見た瞬間、顔をしかめた。
「……それ」
「昔、やられたわね」
「全身が痺れて動けなくなったやつ」
ヨークが露骨に嫌そうな顔をする。
「おいおい、
前のボスを殺るのに使ったやつだぞ?」
ゴブリンの一人が、悪びれずに言った。
「グルドも、これでやりましたよ」
「なおさらダメだろ!」
次は、
固くて粉にしても不味い穀物。
パンにしても膨らまず、
粥にしても口当たりが悪い。
「これで腹を満たすくらいなら、
木の皮を噛んだ方がマシだ」
最後は、
川にいる魚だった。
「……これも?」
誰かが聞いた。
「食べたこと、あるか?」
首を横に振る者ばかりだった。
「臭いし」
「骨が多いし」
「肉が少ない」
理由はいくらでも出てくる。
こうして、机の上には
“誰も食べなかった理由の集合体”が並んだ。
ヒトシは、それらを一つずつ見渡す。
表情は、相変わらず読めない。
「……分かりました」
料理人が、深く息を吸った。
「やってみましょう」
魔物も人間も、その言葉に視線を向ける。
「失敗するかもしれません」
「全部ダメかもしれません」
「でも」
彼は、ヒトシを見た。
「“試さなかった”って後悔するよりは、
ずっとマシです」
ヒトシは、ゆっくりと頷いた。
この時点で、
適応進化は、まだ反応しない。
それでいい。
今は、模索の段階だ。
答えは、まだ見えていない。
だが――
何も見つけられないまま、餓える未来だけは、避けられそうだった。




