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第112話 それぞれの居場所

 朝の森は、まだ湿っていた。

 夜露を含んだ葉が、わずかな風に揺れている。

 ヒトシは村の中央に立ち、行き交う姿を眺めていた。

 ——人が、増えた。

 正確には「元奴隷」だ。

 だが、もはやそう呼ぶ必要もない。

 彼らは自由に歩き、誰かの指示を待つ様子もない。

 戸惑いは残っているが、怯えはない。

「……思ったより、早いな」

 独り言のように呟く。

 そのとき、コボルトの子供が駆けてきた。

「ヒトシさん! あの人が!」

 指差す先。

 木陰の一角で、人間の男が何かを煮込んでいた。

 火加減を調整し、香草を加え、鍋を覗き込む姿は手慣れている。

「料理人……か?」

 ヒトシが近づくと、男は気づいて頭を下げた。

「す、すみません。勝手に火を使って……」

「いや。構わない。何を作ってる?」

「スープです。怪我人向けに……。あ、私は元々、街で食堂をやっていました」

 その言葉に、ヒトシは一瞬だけ目を見開いた。

「……それなら、遠慮なく頼む」

 男は驚いた顔をし、次いで苦笑した。

「仕事、ですか?」

「役割だ」

 そう答えると、男は深く頷いた。

「……やっと、使い潰されない仕事が出来ます」

 その声は、安堵に満ちていた。

 工房の方では、金属音が鳴っていた。

 グルマが腕を組み、じっと見守っている。

「……悪くねぇ」

 槌を振るっているのは、痩せた人間の男だ。

 動きはぎこちないが、打つ位置は正確だった。

「元は?」

 ヒトシが尋ねる。

「鍛冶屋です。小さな村でしたが……」

 男は汗を拭いながら答えた。

「剣も?」

「……できます。道具も、農具も」

 グルマが鼻で笑った。

「聞いたか。人手が増えりゃ、選択肢も増える」

 ヒトシは頷いた。

「工房は拡張する。無理はさせないが、頼む」

 男は、信じられないものを見るような顔をした。

「……命令、じゃないんですか?」

「違う。必要なら手を貸してほしい」

 一拍置いて、男は深く頭を下げた。

「……喜んで」

 村の端では、怪我人の世話をしている一団があった。

 包帯を巻き、薬草をすり潰し、手際よく処置している。

「薬師だ」

 サラが小声で教えてくれる。

「元奴隷の中に、三人もいたわ」

 ヒトシは思わず息を吐いた。

「……偏って連れてきたな、ガイウス」

 アンが静かに言う。

「“使えなくなった人間”を捨てるつもりだったのでしょうね」

 だが、その“使えなかった人間”は、今、村を支えている。

 午後。

 木材を組み上げる音が響く。

 大工だ。

 粗末だが頑丈な倉庫が、半日で形になっていた。

「早いな」

「慣れてますから。……それに、屋根があるだけで、安心できる」

 その言葉に、ヒトシは何も返せなかった。

 夕方。

 村は、いつもより騒がしかった。

 料理人のスープに列ができ、

 鍛冶屋の前には魔物たちが集まり、

 子供たちは大工の真似をして木を組んでいる。

 ヨークが腕を組み、満足そうに眺めていた。

「なあ、王」

「どうした」

「……人間、悪くないですね」

 冗談めかした声だったが、目は真剣だった。

 ヒトシは少し考え、答える。

「人間も、魔物も関係ない」

「?」

「役割があれば、生きられる。それだけだ」

 ヨークは肩をすくめた。

「相変わらず、夢のない言い方だ」

 だが、どこか嬉しそうだった。

 夜。

 焚き火の周りで、人間と魔物が混じって食事をしている。

 笑い声がある。

 会話がある。

 ヒトシは、静かにその光景を見つめた。

(……増えたな)

 数ではない。

 できることが、確実に増えている。

 それは、村が「生き延びる」段階を越えつつある証だった。

 ヒトシは、胸の奥で小さく息を吸う。

 ——守る理由が、また一つ増えた。

 適応進化の声は、まだ鳴らない。

 だが。

 確かに、村は変わり始めていた。

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