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第110話 戦後処理

 戦いは、終わった。

 村に立ち込めていた血と鉄の匂いは、すでに風に流されつつある。

 壊れた建物はない。

 焼け落ちた家もない。

 それが、何より異常だった。

「……被害、少なすぎだろ」

 ヒトシは、森の中に点在する戦場跡を見渡しながら、ぽつりと呟いた。

 人間同士の戦争であれば、こうはならない。

 ましてや戦闘奴隷五十人を相手にした全面衝突だ。

 村の半壊すら覚悟していた。

 だが現実は違う。

 魔物側の被害は、軽微。

 数名の負傷者は出たが、致命傷に至った者はいない。

 理由は、はっきりしている。

 ――ヨークだ。

 あの瞬間。

 ヒトシが斬られた、あの一瞬。

 ヨークの右腕が異様に隆起し、皮膚の下で筋肉がうねった。

 それは「進化」という言葉で説明できる現象ではなかった。

 もっと衝動的で、暴力的で、理屈を置き去りにした何か。

 ロックオーガですら一撃で吹き飛ばした拳。

 戦闘奴隷の盾と骨を同時に砕いた腕。

 あれがあったからこそ、戦況は一気に傾いた。

「……ヨーク」

 ヒトシが呼ぶと、当の本人は腕を組み、得意げに胸を張った。

「今回ばっかりは俺がMVPですよね?」

 軽口。

 だが、その目は冗談だけではなかった。

「ここまでは冗談ですがね、王。二度と怪我はごめんですよ」

「……善処する」

「“善処”じゃ足りねぇんですよ」

 そう言って、ヨークは鼻で笑った。

 そのやり取りを、村の子供たちが少し離れた場所から見ていた。

「見た? ヨークの右腕!」

「やばかったよな!」

「こうやって、ドーンって!」

 子供たちは、右腕を誇張して振り回しながら、真似をして遊んでいる。

 危うさも含めて、英雄ごっこだ。

 ヨークはそれを見て、照れくさそうに頭を掻いた。

「……あー、流行っちまったか」

「止めなくていい」

 ヒトシは静かに言った。

「怖さも含めて、ちゃんと覚えさせた方がいい」

 ヨークは一瞬だけ真顔になり、そして頷いた。

「……了解です」

 人間側の遺体は、すべて集められた。

 戦闘奴隷だった者たちだ。

 名も知らない、命令されるだけの存在。

 埋葬は、静かに行われた。

 誰も嘲らない。

 誰も踏みつけない。

 ただ、土をかける。

 それを見ていた元奴隷たちが、自然と手伝いに加わった。

 シャベルを持つ手は震えていたが、誰一人として逃げなかった。

 埋葬が終わったとき、ヒトシの意識に、あの感覚が流れ込んできた。

【適応進化が反応】

【人間との戦闘終了を確認】

【埋葬行為を評価】

【集団の格が上昇】

 ヒトシは、目を閉じた。

(……殺し合いの後で、埋めることに意味がある)

 それが「正義」かどうかは分からない。

 だが、少なくとも――

 自分たちは、踏み越えなかった。

「……ヒトシさん」

 声をかけてきたのは、エドガーだった。

 その背後には、解放された奴隷たちが集まっている。

 百人。

 病人も、怪我人も、老人もいる。

 だが、皆、立っていた。

「俺たち……この村に、残らせてもらえませんか」

 代表して言ったエドガーの声は、はっきりしていた。

「行く場所がないってのもあります。でも……」

 彼は、一度だけ振り返り、仲間たちを見た。

「俺たちにも、できることがあるかもしれない」

 沈黙。

 村の魔物たちは、まだ警戒を解いていない。

 受け入れるかどうか、その判断は簡単ではない。

 ヒトシは、少し考えたあと、答えた。

「残るなら、“客”じゃない」

 エドガーは息を呑む。

「仲間としてだ。

 それでもいいか?」

 一瞬。

 そして、全員が頷いた。

【適応進化が反応】

【正式な集団受け入れを確認】

【人間個体にも共有意識を適用】

 ヒトシは、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。

 夕暮れ。

 戦場だった場所は、もう静かだ。

 村は無傷。

 魔物の被害は軽微。

 それは、奇跡のような結果だった。

 だがヒトシは、知っている。

 これは「終わり」ではない。

 ――次が来る。

 それでも。

 守るものは、増えた。

 仲間も、責任も。

 ヒトシは、ゆっくりと息を吐いた。

(……逃げなかった)

 その選択だけは、間違っていなかった。

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