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第108話 衝突

 戦闘は、最初から噛み合っていなかった。

 いや、正確には――

 噛み合う前提そのものが、崩れていた。

 森の外縁。

 かつて人間の開拓団が陣を張っていた場所。

 そこに現れたのは、

 武装した人間たちだった。

 数、五十。

 全員が、戦闘用の装備を身に着けている。

 粗雑だが、実戦を想定した鎧。

 刃の減った剣、補修を繰り返した盾。

 ――戦闘奴隷。

 ヒトシは、その隊列を見て、喉が鳴るのを感じた。

(……数だけじゃない)

(覚悟が、違う)

 彼らの目には、

 迷いがなかった。

 逃げ場も、選択肢も与えられていない者の目。

 死ぬまで戦うことを、

 すでに受け入れてしまった者の目だった。

「来たか」

 ヒトシの声は、低い。

 村側の戦力は、散開している。

 前線には――

 ロックオーガ。

 ロックリザード。

 狂走ウルフ。

 牙猪。

 それぞれが、

 スタンピートを生き残った魔物たちだ。

 人間の戦列を見て、

 牙猪が地面を掘り返す。

 狂走ウルフが、低く唸る。

 ロックオーガは、拳を鳴らした。

 だが。

 その背後。

 村の入口付近には――

 元奴隷たちがいる。

 サラ、メリー、アンが、

 彼らを囲むように立っていた。

「前に出ないで」

 サラが言う。

「ここは、私たちが守る」

 元奴隷たちは、震えながらも頷いた。

 武器を持たせていない。

 戦わせるつもりもない。

 ――これが、ヒトシの判断だった。

 戦闘は、合図もなく始まった。

 人間側が、矢を放つ。

 狙いは、

 大きな影――ロックオーガ。

 だが。

「遅い」

 岩のような腕が、矢を弾く。

 次の瞬間。

 ロックオーガが踏み込んだ。

 地面が揺れる。

 人間の戦列が、崩れる。

「突っ込め!」

 ヒトシが叫ぶ。

 狂走ウルフが、一斉に駆け出す。

 牙猪が、低く吠え、突進する。

 ――最初の衝突。

 人間の隊列は、

 耐えきれなかった。

 盾が割れ、

 鎧が歪み、

 人が吹き飛ぶ。

 だが。

 倒れた者は、

 立ち上がる。

 何度でも。

 命令が、

 身体を動かしている。

「……くそ」

 ヒトシは、歯を食いしばる。

(理性が、ない)

(いや)

(奪われている)

 戦場は、徐々に――

 形を失っていった。

 戦術が崩れ、

 指示が届かず、

 個々の衝突が連続する。

 ヒトシは、前に出た。

 剣を振る。

 基礎。

 踏み込み。

 重心。

 ――何度も積み重ねてきた動き。

 一人、倒す。

 二人、倒す。

 だが。

 背後。

 視界の端で、

 人影が跳ねた。

「――っ!」

 遅かった。

 刃が、

 ヒトシの脇腹を抉る。

 熱。

 次に、冷たさ。

 膝が、崩れる。

(……致命傷)

 瞬時に、理解した。

 内臓に、届いている。

 立てない。


 その瞬間は、

 異様なほど、遅く見えた。

 刃が振り下ろされる。

 ヒトシが、踏み込もうとした足が止まる。

 戦闘奴隷の剣が、

 わずかに角度を変え――

 狙いが、ずれる。

「――っ!」

 避けきれない。

 ヨークの視界で、

 その光景だけが、切り取られる。

 刃が、

 ヒトシの脇腹に、沈み込む。

 肉を裂く音。

 骨に当たる、嫌な感触。

 血が、噴き上がる。

「……あ?」

 ヒトシの口から、

 意味を成さない声が漏れた。

 膝が、崩れる。

 その瞬間――

 ヨークの中で、

 何かが、切れた。

(……何してやがる)

(……何を)

(……誰に)

 怒りではない。

 理性でもない。

 思考が、完全に消える。

 ただ一つ。

 **「奪われる」**という感覚だけが、

 胸の奥で爆発した。

「……ふざけるな」

 声は、低かった。

 次の瞬間。

 ヨークの右腕だけが、

 異様な音を立てて膨れ上がる。

 筋肉が、浮き彫りになる。

 皮膚の下で、

 縄のような筋がうねり、

 骨格そのものが、僅かに変形する。

 左腕は、何も変わらない。

 足も、胴も、頭も。

 右腕だけ。

 ――理由は、ない。

 理屈も、ない。

 ただ、

 「振るうために必要だった」。

 それだけだ。

「……死ね」

 ヨークは、

 敵の戦闘奴隷に向かって踏み込む。

 地面が、

 爆ぜた。

 踏み込み一歩で、

 土が抉れ、

 石が飛ぶ。

 敵が、反応する暇もない。

 右腕が、

 横薙ぎに振られる。

 ――殴打。

 だが、

 それは“殴る”というレベルではなかった。

 戦闘奴隷の身体が、

 くの字に折れた。

 鎧が、

 内側から潰れる。

 肋骨が、

 一斉に砕ける音。

 次の瞬間、

 敵は地面に叩きつけられ――

 動かなくなった。

 即死。

 周囲が、凍りつく。

「……な、」

 別の戦闘奴隷が、

 恐怖に声を漏らす。

 ヨークは、止まらない。

 右腕を振る。

 振るたびに、何かが壊れる。

 盾が、割れる。

 剣が、折れる。

 人が、吹き飛ぶ。

 一撃ごとに、

 半径数メートルの敵が、消える。

 もはや、

 戦闘ではない。

 災害だった。

 ――この時点で、

 適応進化は、まだ反応していない。

 間に合っていない。

 これは、

 進化ですらない。

 感情が、肉体を上書きした結果だ。

 その数秒後。

【覚醒進化を確認】

【個体:ヨーク】

【極端な局所進化を検知】

【適応進化は、事後追認を開始】

 だが、

 そのアナウンスが鳴った時には――

 すでに、

 戦場の一角は、

 更地になっていた。

 ヨークは、

 荒い息を吐きながら、

 血に濡れた拳を見下ろす。

「……ヒトシ」

 視線を向ける。

 地面に倒れたヒトシは、

 血を失い、

 意識を失っていた。

「……死ぬなよ」

 声は、震えていない。

 だが、

 拳だけが、

 まだ、わずかに震えていた。


【――致命傷を確認】

【対象:ヒトシ】

 ヒトシの意識は、

 遠のいていた。

 だが。

 温かさが、

 胸に流れ込む。

「……離れないで」

 メイの声。

 治療魔法。

 必死の詠唱。

 光が、

 ヒトシを包む。

(……生きてる)

 それだけが、分かった。

 戦場は、

 完全に“壊れた”。

 戦闘奴隷の隊列は、

 もはや隊列ではない。

 ヨークが、暴れ。

 魔物たちが、押し返し。

 人間側は、撤退を始める。

 勝敗は、

 まだ決していない。

 だが。

 この戦いは、

 もう、取り返しがつかない。

 ヒトシは、

 意識の底で思った。

(……戦争だ)

(これは)

(ただの衝突じゃない)

 守るために始めた戦いは、

 世界を、確実に変え始めていた。

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