第101話 価値観の断絶
村の入口に、奇妙な光景が広がっていた。
石垣に囲まれた集落。
木と石で造られた建物。
整然とした通路と、作業を止めずに動く魔物たち。
その中央に立つヒトシと、
人間側の代表として前に出たガイウス。
二人の距離は、数歩。
だが――
その間にある隔たりは、測れないほど深かった。
「……なるほど」
ガイウスは、周囲を一瞥してから口を開いた。
「魔物の村、か。噂には聞いていたが……」
口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「随分と“人間ごっこ”が板についているじゃないか」
その言葉に、周囲のゴブリンやオークがわずかに反応する。
だが、ヒトシは手で制した。
「俺たちは、遊んでいるわけじゃない」
静かな声だった。
「生きるために、こうしているだけだ」
ガイウスは肩をすくめる。
「生きる? 魔物が?」
「人間と同じだと言いたいのか?」
ヒトシは、はっきりと頷いた。
「同じだ」
「食べて、寝て、働いて、生きる」
「それに、上下はない」
一瞬、場が静まり返る。
次の瞬間。
ガイウスは――笑った。
声を上げて。
心底可笑しそうに。
「はは……はははは!」
「いや、すまない。久しぶりに腹から笑ったよ」
笑いを収めると、冷たい目でヒトシを見る。
「悪いがな」
「魔物と人間が同じ? そんな戯言、聞いたこともない」
ガイウスは、後ろを振り返った。
そこにいるのは、疲弊した人々。
痩せた身体。
包帯を巻いた者。
咳き込む老人。
――奴隷たち。
「見ろ」
「これが“人間”だ」
「そして、こいつらは俺の所有物だ」
ヒトシの視線が、自然と奴隷たちに向く。
彼らは俯き、
目を合わせようとしない。
「権利? 尊厳?」
ガイウスは鼻で笑った。
「そんなものは、余裕のある者の道楽だ」
「生き残るためにはな」
「使えるか、使えないか」
「それだけで十分だ」
「……違う」
ヒトシは、低く言った。
「命を、道具みたいに扱うな」
「助ける価値を、使えるかどうかで決めるな」
ガイウスは、少しだけ意外そうな顔をした。
「ほう?」
「魔物が、説教か?」
「随分と偉くなったものだ」
そして、意地の悪い笑みを浮かべる。
「なら、試してみるか?」
「君の言う“理想の世界”とやらを」
ガイウスは、わざとらしく両手を広げた。
「そこにいる奴隷たち」
「病人も、怪我人も、老人も」
「全員だ」
「君が言うように、“同じ生きる存在”なら」
「飯を食わせてやるといい」
その言葉は、挑発だった。
慈善ではない。
協力でもない。
嘲笑を含んだ試しだ。
「どうした?」
ガイウスは、にやりと笑う。
「できないのか?」
「それとも」
「綺麗事を言うだけで、責任は取らないタイプか?」
ヒトシは、答えなかった。
だが、視線を逸らさなかった。
奴隷たちを見て、
村を見て、
そして、ガイウスを見る。
「……分かった」
短く、それだけ言った。
ガイウスは、満足そうに頷く。
「そう来なくちゃな」
「安心しろ。すぐにどうこうはしない」
「結果を見るのは、嫌いじゃないんでね」
そう言い残し、踵を返す。
その背中は、余裕に満ちていた。
その場に残されたのは、重い沈黙。
ヒトシは、静かに息を吐いた。
(……分かり合える相手じゃない)
(最初から、分かってはいたが)
理想を語っているのは、どちらか。
だが、現実を歪めているのは、確実に――
あの男だ。
ヒトシは、拳を握りしめる。
これは、始まりだ。
争いではない。
だが、決裂は決定的だった。
価値観の断絶は、もう埋まらない。




