第21話 その先へ
分岐を曲がり、C2側へ向かう細い通路に入る。
前を行く大熊のシールドが、いつもより少しだけゆっくり動いているように見えた。
足音の間隔も、ほんのわずかに伸びている。
いつもの隊列なら誰かが間を詰めろと軽口を叩く。
今は、それがない。
直耶は槍の柄を握り直した。
握り直す理由が、何なのか自分でも分からない。
滑るからか。
落ち着かないからか。
「……空気、重くないですか」
自分の声がヘルメットの内側に跳ね返って、余計に頼りなく聞こえた。
後ろから日向が息を吐く音がする。
「気のせいじゃないね。
うまく言えないけど、さっきより深い感じがする」
「深い、って」
高梨が言いかけて言葉を飲み込んだ。
たぶん、みんな同じことを思っている気がした。
どう考えても今までの普通と外れている。
三宅が手元の端末を叩く音がして、すぐに諦めたように短く息を吐く。
「……動いてません」
「何が」
吉永が振り返らずに返す。
「表示が。機器は生きてるのに、死んでるみたいな。
数値が全て平均値になってます」
「それ、今言うか」
高梨が小さく笑った。笑いが、乾いている。
大熊は何も言わずにシールドの縁をほんの少し上げた。
周囲を警戒している。
照明は等間隔で並んでいる。
いつも通りに見える。
いつも通りに見えるから、余計に気持ちが悪い。
(もし、地上への通路が全て無くなっていたら⋯)
そんな考えが浮かんで、自分で自分に腹が立った。
考える暇があるなら動くべきだ。
家のためにも、こんな所で行き倒れにはなれない。
*
古い傷が残る区画に出たようだ。
榊が壁を指先でなぞる。
「吉永さん、ここ、A班が何度か通ったルートですね」
「ああ。記憶にある場所に出られた。まずはそれを喜ぼう」
「ですね」
「……もう少しで合流点だ」
「合流点が生きてれば、そこから組み直せます」
「ルートが生きてれば、ね」
高梨のボヤキを消すように、大熊が歩幅を変えずに言う。
「行こう。止まるほど、余計な事を考えそうだ」
直耶は息を吸って、吐く。
ヘルメットの内側で自分の呼吸が、やけに大きい。
呼吸に合わせて、左前腕の小型盾のベルトがきしむ。
きしむ音が、妙に生々しい。
*
合流点は――形だけ、合流点だった。
十字に見える。
来た道と含めれば前後左右の四方に伸びている。
照明もある。
通路もある。
左にはマークされた跡。
右も明るい。
それなのに、前の一方向だけ、視線が引っかかる。
そこだけ暗い。
奥が見えない。
目が逸らせない。
近づきたくない。
日向が、暗い方向を見つめている。
「……正面の道、やめとこう?」
「言われなくても。あれ、ヤバすぎだろ。なんで雰囲気違うんだよ」
高梨が同意を返す。
吉永は、別の通路へ視線を振った。
「安心しろ。A班のルート的にも明るい右方面が出口への道だった。
左の道も出口へつながるが、右の方が近い。
すこし隊列を変更する。
先頭、大熊。日向、高梨、榊、三宅、境、殿は俺が務める。
ナニカに後ろから襲われたら面倒だ。境は俺に逐一報告。
俺と境は後ろを警戒。しばらく下がりながら進むぞ」
直耶の喉が鳴った。返事が遅れそうになるのを、噛み砕くように言う。
吉永が続けた。
「境。森山隊長が言ってたんだが。お前さんの感覚に頼っていいか?」
直耶は思わず眉を寄せた。
「……自分で大丈夫ですかね」
「あぁ、嫌な感じとかわかるんだろ?それを基に指示を変えようと思う」
吉永の口は笑っているが、目が笑っていない。
日向が横から言って肩をすくめた。
「境さ、今は全員で帰れればなんでもいいんだよ。
それに正面のヤバそうな雰囲気。見ない・行かないのが正解、っての?
あると思うよ」
「⋯りょーかい」
「いいか。余計なことは考えず、足を運べ。
とにかく地上を目指そう。生きて帰る。それだけだ」
吉永が短く言って、声を落とす。
直耶は槍を胸の近くに引き寄せた。
引き寄せた分、少しだけ安心する。
武器で安心するのは良い事ではないと思う。
良くないが、今はそれに救われている感じがした。
「行くぞ」
大熊のシールドが動く。前5人が右へ進み、自分が進もうとした。
吉永はまだ十字路に入っていない。
その瞬間――
耳を裂くノイズが、ヘルメットの内側に叩き込まれた。
「っ……!」
視界が一瞬だけ白くなる。
音のせいで目が眩む。
音が止まらない。
ノイズの中に、誰かの声の切れ端が混ざった気がした。
次の瞬間、音がぷつりと切れた。
切れた瞬間に、また別の音が来る。
ごう、と低い音。
床の下から押し上げられるような振動。
横から揺さぶられる感覚。
直耶は反射で膝を落とした。
落とした膝が床に当たり、痺れる。
「上、まず——」
頭をシールドで庇う。
続いて大熊が叫びながらシールドを上げた。
上げたシールドに、細かい砂がぱらぱら落ちて当たる。
肩をすくめ、盾を上げ、槍を胸に引き寄せた。
身体の中心に全部を寄せる。
寄せるしかない。
天井が鳴る。
石が軋む。
照明が一度だけ瞬いて、消える。
暗くなった瞬間に崩れた。
鈍い音。
砂と粉塵。
衝撃。
肩が撥ねる。
頬に何かが当たる。
痛み。
痛みの種類が判断できない。
判断する暇がない。
槍を抱え込んだ。
呼吸が止まる。
止まった呼吸を、無理やり押し出す。
粉が喉に入って咳が出そうになるのを歯を食いしばって耐えた。
やがて、崩落が止まった。
徐々に砂ぼこりも落ち着いてきた。
ゆっくり顔を上げる。
「…え?」
皆が進んだ道は瓦礫が天井付近まで道をふさいでいた。
まさか。
瓦礫に近寄り、隙間に目を凝らすと、動く光がぼんやりと複数。
ひとつ、ふたつーーいつつ。
「生きてるか!」
大熊だ。叫んでいるようだが、瓦礫に阻まれ声が遠い。
「……なんとか!」「……っぶねーー!」「ほんとヤダ!」「はぁ、はぁ、死ぬかと思いました」
榊、高梨、日向、三宅の声。
「境と吉永さんは!」
「後、崩落で塞がってます!」
ここだとばかりに声を張り上げた。
「境、無事です!」
「よし!吉永さんは!」
振り返ると十字路の来た道も瓦礫で埋まっていた。
厚く、重い、まるで鉄材と岩がそのまま降ってきたようだ。
落ちた瓦礫の隙間に弱い光。
ヘルメットの、ランプだ。
ランプは点いている。点いているのに、動かない。
ヘルメットの中身に砂が詰まっている。
直耶は喉が鳴るのを感じた。
「……吉永さん!」
呼びかけた。返事はない。
瓦礫に顔を近づける。
粉塵の匂い。
湿った石の匂い。
金属の匂い。
「吉永さん!」
もう一度叫んだ。
叫んだ声がすぐに乾いた反響で戻ってくる。
戻ってくるだけで答えはない。
(嘘だ)
言葉が胸の中に落ちる。
自分の手が瓦礫に伸びかけているのに気づいて、止めた。
掘れば助かるかもしれない。
だが、この規模の瓦礫を自分だけでどうにもできない。
どうにもできない現実を受け入れるのが、いちばん難しい。
不意に通信が入った。
『境!返事しろ!』
森山の声だ。
地上からのはずなのに、やけに近い。
近いのが腹立たしい。
「境、無事です!」
通信アイコンが一瞬だけ点滅した。点滅して、薄くなる。
『大熊には確認した。境、そっち何人残ってる』
森山の声が一段低くなる。
直耶は口を開けて、言葉を探す。
探して、見つかった言葉が、痛い。
「——2人。いや、1人です。吉永さんが——」
言いながら、もう一度後ろを見る。
ヘルメットのランプだけが、弱く光っている。
返事はない。
直耶はそこで、やっと理解した。
救いようがない。
救いようがないという事実だけが、じわじわ胸に落ちてきた。
落ちてきて、息が詰まる。
息が詰まって、喉が痛い。
喉が痛いのに、涙は出ない。
出る余裕がない。
『……了解』
森山の声が、さらに低くなる。
『崩落の具合を聞く限り救出は無理だ。後ろは完全に潰れていると判断。
今は生きてる側を帰す』
返事をするべきだと分かっている。
分かっているのに、返事の形が崩れる。
「……はい」
返事をしたのが自分の声だと、少し遅れて気づいた。
『そっちから引き返すルートは?』
直耶はライトを壁に向け、崩落していない方向をざっと見渡した。
瓦礫の壁の脇に通路が一本、辛うじて残っている。
嫌な雰囲気への道も崩れているようだ。
「さっき分岐した通路が一本あります。壁に印が——」
『入り口から見て左側の枝だな。
一応、浅層Cブロックの想定ルートに入ってる。
合流ポイントC2まで出られるはずだ』
管制室の声も混じる。
直耶はその「はずだ」に、今さら文句を言う気力もない。
短い会話が交錯し、すぐに決定が下された。
『境。お前はそのまま単独でC2を目指せ』
「単独で、って……」
『他に選択肢がねえ。そっちにいるの、お前一人だろ』
そう言われて、ようやく自分が本当に一人になっていることを意識した。
背中にいたはずの仲間はいない。
前の数人とは、厚い瓦礫の壁に隔てられている。
さっきまで自分を支えていた「隊列」という形が、いま、粉塵の向こう側へ消えていく。
訓練では何度も「単独行動は禁止」と叩き込まれた。
勝手に列を外れた人間は、必ず怒鳴られた。
必ず罰を受けた。
必ず「戻れ」と言われた。
——だが今は、戻れない。
『いいか境。落ち着いて聞け』
森山の声が、少しだけ低くなる。
『ルート自体はそう難しくない。想定通りに行けばC2でまた繋がる。
途中で遭遇したら基本は回避。無理に倒そうとするな。
やばかったら距離を取れ』
「了解です」
『——それから境』
ほんの一瞬だけ、間が空く。
『さっきの崩落で、お前が真っ先に頭を庇ったの、誰が見てたと思う?』
直耶は思わず返事に詰まった。
今、その話をするのか。
『佐伯先生だ。ヘルメットモニタ越しに見てた。
“簡単には壊れない子だね”ってさ』
医務室で聞いた言葉が、喉の奥に蘇った気がした。
壊れにくい。
壊れにくいという言葉が、いまは呪いに聞こえる。
『だからって調子に乗って突っ込むな。
壊れにくいのと、壊れないのは違う』
「……了解」
『よし。合流してこい。長く迷子やってると俺が説教する』
冗談のつもりだろうか?
ノイズ混じりの声が途切れる。
通信アイコンはまだ点いているが、薄い。
薄いというだけで、頼るのが怖い。
直耶は瓦礫の壁から視線を外し、残っている通路を振り返った。
ライトの円錐の先に、暗がりが口を開けている。
足元の岩を踏みしめ、進む。
足首の痛みを無視して、一歩、また一歩。
背中の方で瓦礫の下のランプが弱く光っている。
それを見たら足が止まる気がした。
*
管制室の空気がいつもより重い。
スピーカーの奥で“サー……”と鳴り続けている。
機器のせいなのか、こっちの耳が疲れてるだけなのか
判断がつかない。
森山は机に両肘を置き、モニタの列を見渡した。
「隊メンバーのヘルメット、個別のカメラあるよな?
中継と言えんような断続的な画質の悪い静止画と、欠片のような音声の」
「映るだけマシでしょうね。さすが六菱さん。
映せてる原理もわかりませんが、映っているならば儲けものでしょう」
隣の席の管制オペレーターが返した。
湾岸回廊、浅層。第三探索チーム。B班のデータ。
——のはずだ。
位置も数値も出ている。
だが、どれも出ては消えてを繰り返しているだけに見える。
数値は妙にきれいに揃いすぎている。
まるで、大きな異常はありません、と言い張るために整えられたようだ。
「……全てが平均か。これ本当か?」
「はい。ログの形はそう見えます。ですが信憑性に欠けると思います。
機器は動いていますが、ね」
森山は画面の端を見る。
別のチャンネルが点滅している。
他の管制官が、先ほどからひっきりなしに報告を続けていた。
「回廊南側、地図のズレ報告!エレベータ復帰に遅延!戻り口が見えないって——」
「北側も同様!『通ったはずの道がない』って」
「振り返ったら道が消えているそうです!ほかにも―――」
湾岸回廊の通路がどんどん変化している?
理解できない。
だが異常なことは間違いない。
まずはチームを帰さなければ。
森山は舌打ちを飲み込んだ。
オープンチャンネルで回廊内の全部隊へ連絡を放つ。
越権だなんて知ったことか。
さっさと指示をださないやつが悪い。
これで処罰されるなら上に噛みついてやる。
「全チャンネルで通達!全チーム撤退だ!回廊を出ろ!
深いところは、出口に繋がる確率が高いルート優先!」
(……“確率”って言い方が嫌だが)
森山はB班の映像に戻る。
角を曲がる。止まる。再開する。
(クソ、まどろっこしい!)
そう思った瞬間、画面が揺れた。
地震のような揺れ。だが、こちらの計測が拾っていない。拾えない。
「……あ?」
森山が言ったのとほぼ同時に、音声チャンネルが割れた。
『——上、まず——』
そして、轟音。
砂を撒くような音。叫び声。金属音。
『前の——、生き———か!』
『————なん——か!』
『境! ————ろ!』
森山は反射でマイクを押し込んだ。
「吉永!どうした!——吉永!クソ!
大熊!聞こえるか!」
『——はい!大熊聞こえます!』
「どうした!何があった!」
『背後で崩落!最後尾の境と吉永さんが見えません!』
「境、聞こえるか!」
返事が一拍遅れて返ってくる。
『境、無事です!』
息が荒い。咳き込んでいる。だが生きてる!
森山が言いかけた瞬間、別チャンネルが叫んだ。
「C1側、エレベータ停止! 復帰待ち! 上も揺れてます!」
「他回廊でも、崩落事故——」
「湾岸、追加の崩落報告!」
情報が管制室を走り回る。
森山はその全部を“聞こえないふり”で押さえ込み、いま必要な一点に集中した。
「大熊には確認した。境、そっち何人残ってる」
返事の間が、長い。
森山ジリジリとした気持ちで返事をまつ。
『——2人。いや、1人です。吉永さんが——』
そこで言葉が詰まった。
森山は境の映像を見た。
静止画に映る粉塵。崩落した天井。潰れた通路。
灯りが一点、瓦礫の下に"いる"。
(……吉永)
呼び名のない言葉が胸に沈む。
「……了解」
感情を制御するんだ。不安感を出すな。
あいつらはもっと不安なはずだ。
「後ろ側は完全に潰れてる。救出は無理だ。今は生きてる側を帰す」
返事は小さい。
『……はい』
“はい”という音が、こんなに重く聞こえる日が来るとは思わなかった。
森山は一度だけ視線を逸らし、管制席の端に置かれたメモを見た。
六菱重工。スポンサー。新装備。雇用促進。回廊内物資の共有。研究。エネルギー変換実験。
“明日以降が楽になる”なんて言葉が、どれだけ薄いか。
いまこの瞬間、それを噛みしめているのは現場だけだ。
「境。聞け。そっちから引き返すルートは?」
境の報告が返ってくる。分岐。印。C2。
森山は管制の補助とすり合わせ、答えを出す。
「入り口から見て左側の枝だな。
一応、浅層Cブロックの想定ルートに入ってる。
合流ポイントC2まで出られるはずだ」
“はず”。
言った瞬間、胃がきしんだ。
「境。お前はそのまま単独でC2を目指せ」
『単独で、って……』
「他に選択肢がねえ。そっちにいるの、お前一人だろ」
言い切ってから、息を吐く。
森山は続けた。
「いいか境。落ち着いて聞け。
想定通りに行けばC2でまた繋がる。遭遇したら基本は回避。
無理に倒すな。やばかったら距離を取れ」
「了解です」
声が返る。
森山は一瞬だけ、迷った。
——言うか。言わないか。
医務室の佐伯が、以前ぽろっと言った言葉。境の“壊れにくさ”の話。
迷った末に、言った。
理由は単純だ。少しでもお前は大丈夫と伝えたかった。
だから小さな嘘を混ぜた。
「——それから境。さっきの崩落で、お前が真っ先に頭を庇ったの、誰が見てたと思う?」
間が空く。
「佐伯先生だ。“簡単には壊れない子だね”ってさ」
森山はすぐに釘を刺す。
「だからって調子に乗るな。壊れにくいのと、壊れないのは違う」
『……了解』
森山はマイクを離した。
「……B班、境単独、C2へ」
言葉にすると、管制室の空気が少しだけ固まる。
固まった空気を砕くように、別の報告が飛び込んだ。
「他チーム、帰還口付近で“出口の位置がずれた”って言ってます!」
「エレベータ、やっと復帰。ただし混乱。地上も揺れてます!」
森山はB班の映像を追う。
境のカメラ。ライトの円。壁の筋。何かの影。
(マジか)
そう思った瞬間、境から短い報告が入った。
『こちら境。影と接触。短時間。こちらは離脱できました。追ってきてはいません』
「了解。よく無事でいたな。追うな。そのままC2へ向かえ」
(やはり時差のように映像が遅い)
言ってから、少しだけ声を落とす。
「欲張るな。浅いところでも、欲張ったやつから先にいなくなる」
『……欲張る余裕なんて、なかったですよ』
森山は、そこで初めて、ほんの少しだけ口元が動いた。
(そうだ。欲張るな。生きろ)
管制室の奥で、別のチャンネルがまた悲鳴を上げた。
崩落。分断。行方不明。帰還。負傷。
森山は“いまの自分ができる最小のこと”だけを繰り返す。
境の映像を見て、壁の印を拾って、入口側の動線を調整して、医務へ連絡して、佐伯に“受け入れ準備”だけ伝える。
——その途中で、ふと、思う。
六菱重工のロゴが入った新装備。
今日のお試し会。
上位4割。地味な成果。
あれが“餌”だったのか、ただの偶然か。
違う。今考えることじゃない。
『森山隊長、日向が倒れました。意識はありますが、かなり悪そうです。
俺が担いで出口を目指します』
大熊から連絡が入る。
森山は一度目を瞑って息を吐き、大熊たちへ指示を発した。
*
直耶のライトが、少しだけ明るい空間を照らした。
C2手前。広がる通路。天井が高い。
壁に印が増える。矢印が増える。人の気配が混ざる。
呼吸が、まだ荒い。
それなりに見えるはずの通路が狭く見える。
一人だと、こんなにも不安なものだったのか。
あらゆる方向へ視線を飛ばし、一歩ずつ進み続ける。
そこかしこで崩れている。
そうかと思えば全く無事の通路もある。
あの揺れは何だったのだろうか。
幸い装備は失わなかった。
先ほどの戦闘で小楯に傷はついたものの、五体満足。
不幸中の幸いと呼んでいいのか、悪いのか。
まさか単独で挑むことになるとは思わなかった。
さっきは何とか撤退してくれたが、次もそうとは限らない。
明かりを当て、目を凝らすと床に人影が見える。
人影?別班の隊員?
誰でもいいから合流できれば御の字だ。
声をかけようとライトが揺れて、止まった。
迷彩服を着た砂の塊が横たわっている。
さらさらと風もないのに流れ、塵になっていく。
「ーー森山隊長。砂の塊が迷彩服着てます。これって…」
『ーー境。今は深く考えるな。他チームからも同様の報告があった。
つまりは、そういうことだと思う。今は前に進め』
吐きそうだった。
吉永のヘルメットの中身を思い出す。
あれも砂だった。
ダメだ、やめろ。考えるな。
壁に寄って塊をさけるように通り抜ける。
生きて帰るんだ。




