3話
「肉が苦手?」
驚いたように目を丸くするドゴランに、リナは小さく頷いた。
「そんなやつがいるんだな……じゃあ普段は何を食ってるんだ?」
「苦手っていっても、食べられないわけじゃないの。……それにパンも果物も大好きだから」
「へぇー!うちのばあちゃんと同じだ」
「え?」
「ばあちゃんも肉が苦手なんだよ」
「そうなの………」
「ってことは野菜も好きなんじゃないの?」
「それは……言えない」
気軽に投げられた言葉に、リナの表情はふっと曇る。
「言えないってなんだよ!」
「しっ、静かにして」
「お、おう……悪い」
――謝った? リナは目を瞬かせた。まさかこの人、謝れる人なんだ。思わずドゴランの顔をじっと見つめる。
「なんだよ、俺の顔になんかついてるのか」
「ごめん……なんとなく」
慌てて目を逸らすリナ。ドゴランは首を傾げつつも、すぐに話題を戻した。
「それよりも、さっきの話だよ。気になるから最後まで教えてくれ」
「……怒らない?」
「何を言うつもりか分かんねぇけど、俺が怒るわけないだろ」
しばしの沈黙のあと、リナはようやく口を開いた。
「……野菜は、下賤なものだから」
「あっ」
ぽかんとしたドゴランはすぐに思い出す。
王侯貴族にとって野菜とは、土にまみれて農民が汗を流して作るもの。だから卑しく、口にすべきではない――そう教えられている。
「だから、野菜が好きなんて絶対に言えないの。もし言ったら、ひどく怒られてしまう……」
「そうだったな!意味わかんねぇけど、この世界ってのそういうルールがあるんだよな。忘れてた忘れてた!」
「この世界……?」
「そうだった、納得納得。うんうん」
ひとりで頷くドゴランに、リナは小さく首を傾げた。
「でもさ、それならパンと果物を食べればいいじゃん。なんで何も食べないんだ?」
「それは……」
「それは?」
大事な秘密を話すように小さな声でリナが言う。
「パンと果物を取りに行ったら、みんなに “あの子、パンと果物を食べるんだ” って思われちゃうから」
「うん?」
耳を近づけていたドゴランが首をひねる。
「だからぁ……他の人にそう思われるでしょ?」
「で?」
「それが、恥ずかしいの……」
「なんで?」
「な、なんでって言われても……理由はないけど、恥ずかしいの」
「ぷっ!」
ドゴランは耐えきれず吹き出した。
「なんだよそれ!お前って変なやつだな!」
「ちょっとやめて!大きな声出さないでよ!」
「変だけど面白い奴だな」
ドゴランはまだ笑っていて、リナは顔を赤く染めて俯いている。
「別に、面白がらせるつもりなんかなかったんだから………」
リナは繊細だ、そして孤独だ。
他人にどう思われるかを気にして、他人の言った言葉も、自分が言った言葉も気にしすぎてしまう。だから、言いたいことがあっても、自分の中にとどめてしまう事が癖になっている。
こんなに人を笑わせたのはいつ以来だろう。恥ずかしそうなその表情には、嬉しさも含まれていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。
評価を頂ければさらに喜びます。
☆5なら踊ります。




