1−10:消えた魔族の行方
案内された村は想定通りそこまで大きくはなかった。
この村の魔族、インプの数は女子供を合わせても100人程度しかいないようであった。
インプ族自体はセンター内に他にも集落があるようではあるが、かなり数は少ない。いや。少なくなってしまったようであった。
族長ズーイの家に案内されるとコーヒーのような黒い液体を渡される。それをずずと飲むと、茶のような味わいがした。
「今、ここの人たちはどうやって生計を」
「自給自足以上のものは今はありませんな。そこの畑で採れた野菜を。海に泳ぐ魚を取ったりするくらいだ」
しかし、屋敷内に置かれている物をみるに、自分の知る野菜や魚とは少し姿形が違うように見えた。
魚はかなり小さく複数の目を持っており、キャベツのようなものは真っ赤な色をしている。これこそがヒビキの影響で、魔界と呼ばれる理由なのだろうか。
「それでズーイ。さっきのセリフは一体どういう意味か」
隣に座るチューンは尋ねる。
「セリフとは」
「言ったでしょう。『王に畏敬の念を抱くには遅すぎた』と。我々魔族、センターが辛酸を舐め続けてきた歴史を終わらせるために真王様がこの世に参ってくださったんですよ」
彼女はあくまで威勢を保つ。
「そうやって待ちわびていたいたのは、チューン。お主ぐらいだろうに。何十年と祭壇に通い続けた姿は見てきた。だが、お主以外に祭壇に供物を。花を添えていた者はいたか?」
「そ、それは」
何十年。という言葉に引っかかった。彼女は一体いま何歳なのだろうか。いや。それよりも、彼女だけが本当に真王の存在を信じていたということなのか。
「遅すぎたんじゃよ」
取り巻きのインプも少し項垂れつつ、彼の話を聞いている。
「我々インプ族の数は次第に少なくなっている。今じゃこの村も滅亡の一途を辿る運命にある。数が少ないからだ。それにここいらインプ族、他の魔族は一向に現れぬ王に耐えかねて、四カ国へと移った者も多い」
「四カ国。それって、東国や西国とか、ここを攻めてきた国のことか」
「左様。ここよりもヒビキは薄く、今じゃ呼吸するのも一苦労な場所ではある。あるが、ここよりはマシなのだろう。何も起きず、何もすることがないここよりもな。まあ飯は向こうの方が美味いだろうが」
「奴らにされた事を忘れたのか。それを新天地として奴らの国へ赴くなど」
「仕方がない。何もしないよりはマシなんだろう。それにこの話はデーモン族のドライブ殿が行ったのだ」
「ドライブ……」
チューンは、という言葉に思い当たる節があるようであった。
「デーモンって、その悪魔の?」
訪ねた質問に対してチューンは頷いて答えた。
「あの男が、ここらの魔族を連れて移住した?」
「移住。というより、侵攻したというのが正しいだろうな。ドライブ殿が閉塞した魔界の実情に耐えかねて、仲間を引き連れ西国の一端へ向かったのだ。だがそれも3年ほど前になる」
「そうだったの」
チューンはなぜか腑に落ちたような顔をするのであった。
「で、そのデーモン達は今、どうなったんだ」
自分の質問に対し、ズーイは窓を眺め答える。
「分からぬ。死んだのか、生きているのか。ただ、この地に帰ってこないことを考えると前者なのかもな」
「そうなのか」
自身のこの国を信じられず、他の国に移った。いや攻め込んだという。
これは、戦争が行われているという事なのだろうか。
「場所はわかるか?」
「場所? そんなことを聞いて何になるのだ」
「それは。止めに行くためだ」
自分の言葉にズーイは再び笑った。
「助けに行くでもなく、止めるだと。はは。これは面白い王だ」
「ぶ、無礼な」
チューンは立ち上がる。
「この国の王であるならば、援軍に行くとでも言うべきと思うがな」
「それは」
「もう許せません。マオ様。こいつらの処断の許しをいただけないでしょうか」
彼女の金髪が逆立ち始める。びび、と振動が自分にも伝わってくる。オーラというべきか、波動のようなものを感じる。それは比喩ではなく、物理的に机の上に広がっる食器類もカタカタと揺れていた。
「しかし。バフォメットというのは凄まじい音力を持っているな」
ズーイは落ち着いた様子でつぶやいた。
「チューンいいから待て」
そして続ける。
「俺は戦争が嫌いだ。だから、戦いたくはないんだ。でももし、そのドライブいうやつが侵攻をした理由が、この国に原因があるとすれば、今は王である俺の責任だとも思う。だから、一度会いたいんだ。その生きてくれていれば、の話だけど」
「ふむ」
その言葉を受けた彼の目は少し鈍く光ったようにも見えた。
「西国。その橋にある港町の領地の一角。ポルト・アリア。そこに向かうと聞いたが」
「ポルト・アリア」
復唱するようにつぶやく。結局、その後会話が弾むこともなく、
村を後にすることにした。




