『戦場のラッキーアイテムと〈あまてらす〉の超次元大作戦』
艦長のランドーから下着をマーク少尉に渡すよう指示を受けたマーベリット大尉は翌日、CICでシフトの交代時、様子を見てマーク少尉のところへ行き、自分の下着が入った紙袋を渡す。恥ずかしさの余りCICを飛び出すマーベリット。マークが紙袋から取り出した物は有名ブランドの下着だった。それを見て二人の仲を喜ぶバートル中尉。
一方、〈あまてらす〉では五十鈴宙佐、寺坂技術宙佐と防衛省の和泉副大臣らがカインとの接触を目指し、最後の調整が行われる。その翌日、〈あまてらす〉は遂にカインとの空間接続に成功する。
『戦場のラッキーアイテムと〈あまてらす〉の超次元大作戦』
翌日、シフトのため、リベレーターCICでは前任者と後任者の引き継ぎが行われていた。
火器管制エリアではフスター少佐と妹のマーベリット大尉が重粒子砲の不具合の事で話し合っていた。
「一番砲塔の電磁シャフト発生用のステーターコイルが不安定になっている、………明日、メーカーのGEディフェンスの技術者が来る事になっている。艦長には報告済みだ。」、とフスター少佐。
「…………」、マーベリット大尉は何も言わなかった。
「マーベリット、復唱は………ンッ?」、フスターはマーベリットが小さな紙袋を持っているのに気が付いた。
「何だ? その紙袋。」、とフスターは聞いた。マーベリットはサッ、とその紙袋を後ろに隠した。
「何でもないっ!、何でもありませんっ!!」、とマーベリットは顔を赤くして答えた。
(何かのプレゼント? クリスマスのか?……)、とフスターは思った。彼は昨日、パーティーで起きた事を知らされていなかった。
「じゃ、あとは宜しく頼むな、大尉」、そう言って彼はCICを出て行った。
マーベリットはチラッと動力管制エリアに視線を向けた。そこにはバートル中尉とマーク少尉が引き継ぎを行っていた。操縦航法管制エリアはアンドロイドが着き、中島大尉の姿はまだない。
マーベリットは持っている紙袋をギュッと握りしめ、踵を返すと動力管制エリアへ進んだ。緊張で、その歩みはとてもぎこちなかった……
近づいた時、マーク少尉は気が付き、マーベリットと視線が合った。
「マッ、…マッ、マーク少尉、……昨日はその、………酷いことを言ってごめんなさいっ!! とても反省している、……これわぁっ、………おっ、おわっ、お詫びの印で、すゥゥ………」、とマーベリットは非常にぎこちなくマークへ言うと紙袋を突き出した。
「……?」、マークはハテナ、な顔をしつつ、その紙袋を受け取った。マーベリットの顔は、もはや視線が合わないだけでなく、口を歪めて下唇を噛んでいた、しかも顔は爆発寸前の液化燃料を使ったストーブのようだった。
彼女は紙袋を手渡すと遁走するようにCICから飛び出して行った。
「ヴゥー、………」、マークは短く溜め息を吐く。
それを横で見ていたバートル中尉は彼に言った。
「なんだっ? クリスマスの贈り物かっ? 開けてみろよ。」
マーク少尉が中の手前の物を取り出した。最初の黒い布が見えたのでハンカチと思ったが、綺麗に折り畳まれたそれを開いて行くと、それは……!
その布にはタグが有り、〈Lise Charmel〉の名前が入っている。
「下着っ?!、下着じやないかっ!! しかもブランドだぞっ、それっ!!」、と驚いて叫ぶバートル。
マーク少尉はそれを見ていたが、次にボロボロと涙を流した。
(ありがとう、マーベリット大尉…、僕のために…ウゥッ…)
「アッハッハッ、良かったなぁっ、マーク。戦場では最高のラッキーアイテムだぞ!」、とバートルは笑ってマークの肩を叩いた。
この事により、バートル中尉の高次干渉の上書きは完了した。
◆
〈あまてらす〉艦橋ではカインの波動探索が進められ、その波動エリアが超次元空間と物理次元の境界層に存在するのが解明されつつあった。
その日の探索を終えた五十鈴宙佐は、寺坂技術宙佐と防衛省の和泉副大臣を交え報告を行った。
「カインの波動は超次元と物理次元の境界層に確実に存在します。それも、かなり近い所……、土星作戦で彼らが介入して来た時に私は彼らに聞いたんです、何処に居るのか……、カインのミカが次の様に言いました。貴方がたとそう離れていないところだと…、今日の探索では、ハッキリとした波動ではないけど、この前に感じた波動に近いものを捉えました。その波動の絞り込みには時間は掛からないと思います。」
「向こうは超次元空間で人間をそのまま空間転移させるだけの技術を持っている、って事か。恐ろしく進んだ技術だ。」、と寺坂は言った。そして呟くように言った…
「技術?と言うより、………我々は人間の持つ本当の能力を知らないだけなのか?」
「既存の物理学は高次元を含む現時空間でしか通用しません。超次元は精神科学の領域かも知れない………、従来型のTX機関では超次元空間を長距離ジャンプのために一瞬しか使えなかった……」、と五十鈴。
「〈あまてらす〉は実験艦〈ことしろ〉のデーターから次元に対してパイロットのリンク(同期)が強化されているからな。但し、パイロット以外、此等を物理機器で表すことが出来ない事も分かっている…」、と寺坂。
横に居た和泉は二人に尋ねた。
「接触は出来そうですか? 出来たとすればどのような形になりますか。」
その問いに対し寺坂は次の様に説明した。
「先ず〈あまてらす〉の艦体構造から説明しますね。〈あまてらす〉は艦体が二重隔壁で構成されています。外側の外殻をA、内殻をBとします。この両殻には外側と内側にTXマテリアルがコーティングされています。外側のコーティングは艦体自体の機動用、内側のコーティングは次元移行のためのもの……、外殻Aの内側のコーティングが内殻Bを次元移行させる仕組みです。」
ここで五十鈴は二人にコーヒーの入ったチューブを手渡した。
「五十鈴宙佐、すまないな………」、と寺坂。和泉は内殻Bのコーティングと運用について尋ねた。
「内殻Bのコーティングはどのように使うんですか?」
「内殻のコーティングは外側が波動周波数の変調と内側のコーティングは内部空間のパイロット及び機器の次元同期の為のものです。………カインとの接触は超次元空間に移行している内殻Bによって行われます。超次元空間の特性は距離と時間は関係しない、〈あまてらす〉の艦体はリベレーターに繋いだまま、エドワーズ統合機動宇宙軍工廠に在ります。」、寺坂技術宙佐は一通り説明するとチューブを口に含みコーヒーを飲んだ。
和泉はその説明を聞いて訝しんだ。
「場所を移動しない?! それはどういう事なんですか?」
五十鈴宙佐はクスクスッと笑いながら次の様に言った。
「存在はしていますが、”実在“はしない、と言うことです。消えたカインの月面都市は今も同じ場所に在ります、ただ、実在しないだけですよぉ〜w」
「…………?」、尚も理解出来ない和泉。
和泉はフゥッと短い溜め息を吐くとチューブを含み、ジュルルーッ、とコーヒーを飲んだ。
……………………………
翌日、五十鈴たちは最終のカインの波動確認と簡易的な接触を試みる事となった。
「寺坂さん、ペリスコープとテスト棒は用意出来てますか?」、と五十鈴。
「持って来ているよw」、寺坂は長めのペリスコープを脇に抱え、金属棒を持ち、手にパンパンッと当てた。
「なんに使うんですか?」、と和泉は聞いた。
「空間接合時に僅かでも波動がズレていたら空間の接合面に断層が出来るんですよ。そうなれば大事故です! 人が空間を跨ぐ前に、この棒を突っ込んでテストする訳です。」、と寺坂は答えた。
「なるほど……」、と和泉。
「さあっ、行きますよ。最後のダイブ!」、五十鈴はパイロットシートに腰を落とすとヘルメットを被った。
「〈あまてらす〉機関始動!リベレーターからの補助電源(APS:Auxiliary Power System)、脱っ!超次元移行シーケンス開始、………移行出力臨界へ、………各システムグリーン、パイロットバイタルグリーンッ!」
〈あまてらす〉の機関はビィイイイイイイーンンンッという低い重低音を響かせ、その音は艦橋内を包んだ。
「ブレイクッ!!」、五十鈴の掛け声と同時に今まで艦橋内を包んでいた起動音は消えた。
「超次元移行完了っ!波動検出開始、…………カインの波動確認、………波動調整中、………ロックしたっ! カインとの波動同期完了! 艦橋右舷ハッチ開口、………空間接続面、オーバーラップッ!プラス1500で固定っ!………接続、完了した。」
五十鈴はヘルメットを外して後を振り向き、寺坂と和泉に空間の接続が完了した事を伝えた。
「よしっ、では行きましょうっ!」、和泉はそう言うと、五十鈴と寺坂と共に艦橋のエレベーターカプセルへ入った。




