『リベレーターのクリスマス』
その年の暮を迎えた十二月の下旬、リベレーター2番艦フリーダムと3番艦インデペンデント、そして運用母艦のアトランティスは年明けの進宙を目指し、最後のチェックが進められていた。折しも、リベレーターが竣工進宙した時季だった。CICではクリスマスパーティーの話が持ち上がり、忙しさに流れる日々の中、僅かな安らぎの時間が生まれようとしていた。
『リベレーターのクリスマス』
リベレーターの上部露天甲板で、私は真横に並ぶSCV-01リベレーターの2番艦、3番艦、そしてその向こうに見える山のようにそびえ立つ機動運用母艦、SMS-01アトランティスを眺めていた。アトランティスがそれと判る特徴は上部甲板にそびえ立つ巨大なピラミッド形状の管制タワーだった。
私の横に立っていた火器管制のマーベリット大尉は、焦点を遠くにし、何かに耽るような感じで観ていた。そして呟くように私に言った。
「私はいつも、モニターやスクリーン越しでしか、此等を見てませんでした、………実際、こうして外の空気に触れながら見ると、自艦や他の艦がどれだけ大きいのかよく分かります。飛鳥大尉はこんな大きな艦を動かしていたんだって………」
私は電子煙草を吹かしながらマーベリット大尉に言った。
「彼女の事は本当に言葉も無い、……リベレーターは艦長の副官は設けられていないが、その職種上、操縦航法管制は副官に相当する、……艦体を与ると言うのはそう言う事だ。……」
「あの2番艦や3番艦にも私達のように大勢の乗組員が居るんですね、………来月上旬にはこの工廠を離れるんですよね。どうか、無事に帰ってきますように……」、とマーベリットは手を組むと胸に持って来て目を瞑った。
「必ず戻ってくる。……此等を運用するのはカートライト提督(大将)だ。リベレーターもこの工廠で建造された。彼はリベレータークラスの建造責任者でもある。私は彼の副官としてSSFPに長く携わって来た……」、そう言うと私は彼女に艦内へ戻るよう促した。
艦内は外の凍てつくような寒さと対照的に温かかった。
(この温かさこそ此処に人が居る証拠なのだ…)、と私は改めて思う。
「リベレーターの竣工はやはりこの時季でしたね、……提督。私はリベレーターの公試運用が終わってから、此処に来たので、その時の様子は知りませんが、公式記録として知っています。………クリスマスの時季です。」、と彼女は私に言った。
「確かにそうだったな………、リベレーターは公試運用の時間が長かった。二年間だ、全てが初めての新技術だった………」、と私。
「竣工して実戦運用まで二年、………リベレーターは建造期間も長かったですね、確か六年、と聞いています。」、マーベリットは思い出すように言った。
「リベレーター建造当初、現在のような反動推進技術(重力変向技術)がまだ確立してなかった。今でこそ、地上で建造、竣工させて進宙しているが、当時は細くブロックに分けて、ロケットで軌道ドックに運ぶしか方法が無かったんだ。………正直、何年掛かるのかと思ったよ。それでも政府はゴリ押ししたんだ、この無茶な計画を。」、私は現在までの軌跡を辿りながら彼女に説明した。
私は続けて話した。
「余りにもコストが掛かる事から、計画縮小の声が上がった、………しかし、既に計画の下地は出来上がっていた。そこで政府は同盟国に資金と、更に技術援助を申し出たんだ。その見返りに、新技術の共用と、その国の最新技術の採用、世界基準の標準化の一つとして認可した。反動推進の技術も同盟国の日本から得られたものだ。機動宇宙軍の艦艇には標準的に装備されている。」
「その辺りがFFSP(Space Strike Force Project:宇宙打撃軍計画)が統合機動宇宙軍に再編された主な理由なのですね…」、とマーベリットは言った。
……………………………
リニアチューブを出てCICに入ると中島大尉、フスター少佐、マーク少尉たちが居た。皆は固まって何か話していた。
航法管制のメインシートには小さな花束が一つ置かれている…、中島大尉に聞くと艦長の献花だと言った。
「自分は艦長と飛鳥大尉が良い仲と言うのは、あの時まで知りませんでした。飛鳥大尉は直属の上官だったので自分も辛かったですが……、たぶん艦長はもっと辛かったと思います…」、と中島大尉は言った。
「皆で固まって何を話してたのだ?」、と私は彼に聞いた。それを聞いたフスター少佐は私の所に来て、次の様に説明した。
「リベレーターは現在、先に行われた土星戦闘時の超次元空間の波動を再現させる為、暫くの間はエドワーズ基地(工廠)に留まる事になります。………時間が有るのでCIC要員だけでクリスマスパーティーをやらないかと……」、フスター少佐は少し控えめな感じで私に話した。
「ウム……、そうだな、できる時にやり給え!今しか出来ない事も有ると思う。サービスセクションのラウンジには私のシップカードを預けてある。それを使って良い。」、私がそう言うと全員敬礼し、其々に礼を言った。
私は一通り話した後、奥の提督室へ行った。
ロバートソン提督が奥の自室へ行った後、フスター少佐は艦内チャンネルでラウンジに継なぎ、時間と人数を予約した。
「今日は、ここに居るメンバーでやる。シフトで出れないバートル中尉と、……マーベリット、お前は明日だ。」、とフスター少佐は言った。
「兄さん、いや、少佐、人数少なくない?」、とマーベリット。
「フム……、確かに少ないな。航空団と陸戦団にも何人か声を掛けてみよう。では今夜、艦内時間で19:30にラウンジでっ!」、フスター少佐の他、シフトを終えた者はCIC後部の管制官自室へ戻った。
◆
私は自室に戻る前に艦長室を訪ねた。
ランドーは机上のモニターに向かって忙しそうに仕事をしていた。飛鳥大尉の死で悲嘆に暮れている時間は彼に与えられていなかった。
「どうだね?」、と私は聞いた。
「午前中、リベレータークラスの艦長の合議へ行ってきました。私はリベレータークラスの実戦運用の事を説明しました。新造艦は本艦の問題点を、ほぼ解消しているようです。艦内を観てきたのですが、やはり建造時の工作精度は格段に良くなっていますね!」、とランドーは少し興奮気味に返した。
「リベレーター艦体の約12%は軌道ドックでの艤装作業だったからな……、作業環境の違いは出るものだ。他には?」
「後は艦載機です。本艦には二機しか搭載されなかったTR-3Dですが、2番艦、3番艦共に各二十機、TRシリーズ後期型のΔ(DELTA)-9を搭載しています。」、とランドー。私は搭乗員について尋ねた。
「パイロットはっ?! 補充出来たのかっ?」
「Δ-9の専任パイロットは一人当たり約三機を担当します、操縦は艦内からリモートで行う、所謂ドローン操縦です。パイロット自身は私のように人工人ですが、飽くまでもΔ-9のパイロットの能力に特化した人間、と言うことが出来ます。」、とランドーは答えた。
「遺伝子の改造とニューラリンクシステムを強化したのか……、人間の方は機械のように安定した量産が出来ない、……ドローンシステムの採用は人員の損耗を危惧した結果か……、TX機関についてはどうだった?」、と私。
「メーカーはSCV-01(リベレーター)ど同じGEバイオエレクトリック社製の機関です。調整中で実物は見てません……」
「TXマテリアル”Thing X“は数が限られている、操作員も選ばれた者だけだ、……本艦のように扱い方を誤らなければ良いが…」、私がそう言うとランドーは少し難しい顔をした。
「ところで………」、私は話の方向を変えた。
「何かっ?」
「丁度クリスマスの時期だ、…CIC士官たちは内輪でクリスマスパーティーをやるらしい、…君は行かないのか?」、私は言葉を選んで彼に聞いてみた。
「私が入ると科員たちが気兼ねしますから…」、と彼は遠慮した。
「そうか、……五十鈴宙佐は忙しいのか?」、と私は聞いた。
「私も外に出ている事が多かったので〈あまてらす〉には顔を出していません…」
「この時季、リベレーターは竣工進宙して、軌道ドック〈しきしま〉で完成作業が行われた。今日、明日くらいは自艦のお祝いをしようではないかっ、勿論、クリスマスも兼ねて。五十鈴宙佐は私から誘っておくよ、君も時間を空けたまえっ!」
私は半ば強引に言うと艦長室から出た。




