『苦渋の帰還』
SCV-01リベレーターから送られた追加報告を見た、統合機動宇宙軍作戦司令の山元 葵一等宙将はその内容に驚き激怒する。敵の機動要塞と残されたイギリス艦艇の破壊消滅処分を終えたSCV-01リベレーターは超次元ジャンプにより、早くも地球軌道の周回に入った。その間、五十鈴、ロバートソン、ランドー、マーティンらはカインの介入によって暴かれた五十鈴とロバートソンの秘密とその後の処遇について苦悩する。ランドーは気を紛らわすため、初めて艦のサービスセクションに在るバーを訪れる。
『苦渋の帰還』
ドラコレプテリアの機動要塞とイギリス艦艇のBS(Break Shot)による破壊消滅処分を行ったSCV-01リベレーターは地球帰還の途に着いた。
その途上、五十鈴は追加報告として、カインの介入の存在を明らかにした。報告の内容は超次元空間に置けるカインの介入支援、そして、SAIによる〈あまてらす〉艦橋内に置ける実際の映像だった。この映像はメディカルセクションのマーティン中佐(軍医)の調査により発覚した物だった。
この報告を受けた、作戦司令部の山元 葵一等宙将は当然激怒し、大きく悩んだ。
(この報告を、そのまま上に上げる訳には行かない、…………五十鈴、貴方は何という事を仕出かしてくれたのっ、………もう一度、情報を精査して、バランスの取れた報告をしなければならない……)
彼女は、この事で著しく体調を崩し、官舎の自室で寝込んだ。
そんな折、リベレーターからのQCC(Quantum Cryptography Communication:量子暗号通信)で追加電文が送られて来た。
それを、司令部副司令の宗方 美姫三等宙将が通信管制員から受け取り、山元の自室を尋ねた。
「司令、宗方ですっ!」、と彼女は廊下から入室の許可を求めた。
「入れ………」、と山元の弱々しい声が聞こえた。
部屋に入った宗方はドアを閉めると、山元のベッドへ急々と走り寄った。
「司令、休身中のところ失礼しますっ、リベレーターより追加電文、JC·ロバートソン提督からです!」
山元は半身を起こすと、データシートを宗方から受け取り、そしてこう言った。
「通信管制のセキュリティは守られているのだろうな…」
「通信管制セキュリティはレベルBにしています。司令にお持ちしたものは暗号の原文です。」、そう言うと宗方はポータブルの量子暗号解読器をベルトから外した。
暗号の解読が進む、………山元はイヤホンで解読の内容を聞いていた。
そこには、リベレーターの危機を救った五十鈴への絶大な称賛と、彼女が日立宇宙工廠で異星人たち(カインのミカ·エルカナンと風早志門)を逃がした事に対して、刑罰の赦免を求めていた。
今回の事でカインとの繋がりが出来、プラス材料として、アメリカ政府の交渉の下地を作った事、それとカインの所在(超次元と現次元の境界層)に迫った事を鑑み、帰還した後に五十鈴宙佐に係わってくるであろう処分の撤回を強く求めるものだった。
五十鈴はイヤホンを外したが、その手は震えていた。そして、こめかみには血管が浮き出していた。
「クソォッ、ロッ、……ロバートソーンッ!! この私に恥を晒せと言うのかぁーっ!」、そう叫ぶと山元はデータシートを破り、床に叩きつけた!
それを見た宗方は後退りして顔を青くした。
「オイッ、宗方っ!リベレーターから受け取った報告と電文全て、校正を掛けずに統合機動宇宙軍本部の狸ジジイに送れっ!!」、と山元は怒鳴った。
「たっ、たぬきっ………ジジイッ!?」、と宗方は怯えながら言った。
「馬鹿ものっ!、リードマンの奴だっ!!」、と山元は怒りが収まらない……
◆
超次元を使った空間転移で、リベレーターは既に地球の周回軌道に入っていた。
〈あまてらす〉の艦橋内に、五十鈴、ロバートソン、ランドー、軍医のマーティン中佐の姿が有った。戦闘艦としては極めて狭小な〈あまてらす〉の艦橋で、パイロットの五十鈴以外の者は直接床に腰を落としていた。
「本作戦の達成率はイギリス艦艇の奪還回収が出来なかった点で60%、といったところだ、………航空隊にもKIA(Killed in Action:戦死者)が出てしまった…」、と私は言った。
対してランドーは次の様に説明した。
「イギリス艦艇は、………あの状態では破壊するしかなかったと思います。私は五十鈴宙佐の判断を支持します。カインの介入ですが、ーーーマーティン中佐、よく艦内画像から見つけ出したな。」
ランドーの称賛とも取れる言葉にマーティンは首を垂れたままだった。
マーティンは自分のした事が、この後の事を複雑にしてしまった、と思った。まさか、五十鈴宙佐に異星人カインを意図的に逃がした事が有ったなど、知る由もなかった。
「自分が見つけ出したSAIの艦内画像が物的証拠として、五十鈴宙佐を言い開きの出来ない状況に追い込んでしまった、……それが無ければ、ただ、カインが介入して来たっ、だけで終わったんだ……」、とマーティンは半ば後悔していた。
SAIのコース自動算定で、操縦から離れ、操作ヘルメットを外していた五十鈴は、後ろにいるマーティン中佐の方を向いて言った。
「私は、現場の判断でカインを逃がした、………そして、虚偽の報告をしました。嘘は、良い悪いに関係なく、いつか明らかになるものです。………私は自分のやった事に後悔は有りませんよ、気にしないで………中佐。」
私は自分の事を話した。
「もし、五十鈴宙佐が責められるなら、私もその場にいた責任を当然負う。その時は艦を降りるよ……」
ランドーは黙った。
(掛ける言葉すら見つからない………、自分も、……この艦に居たエディは今、カインと共にいる。)
ランドーは大きな溜め息を吐くと立ち上がり、サービスセクションへ行く、と言って〈あまてらす〉の艦橋を後にした。ランドーは警護をキャンセルし、ふらつく様にサービスセクションへ向かった。この艦に就任して、一度も足を運ばなかったバーへ行き、酔い潰れるくらいアルコールを入れたかった。
バーへ入ろうとするとSAIがランドーに警告を出した。
{ 艦長、本艦は航行中です。飲酒をなさるおつもりですかっ?! 目的地のアリゾナエドワーズ統合機動宇宙軍工廠降着まで、凡そ四時間です。地上誘導の準備が整い次第………}、という声がインカムを通して聞こえた。
「操縦航法は〈あまてらす〉の五十鈴艦長に任せてある、ロバートソン提督も居る、……今は、……飲ませてくれ。」
ランドーはバーに入ると、周りを見て人の居ない隅のテーブルへ行き、そこに座った。SAIとリンクしたアンドロイドが神妙な面持ちでオーダーを取りに来た。それはとても綺麗なアンドロイドだったが、SAIが状況を把握しているのか笑顔は無かった。
「ランドー艦長、お疲れ様です。………オーダーを…」
「キツイやつを、……」、とランドーは目を合わせずに言った。余りに落ち込んでいる様子を見たアンドロイドは、少し考える素振りをし、次の提案をした。
「艦長、ここは一般兵士用のテーブルです。士官用のボックスが有るので、そちらに移動しましょう。ここは目立ちます。」
ランドーは俯いたまま、頷くと腰を上げ、アンドロイドの言う通りにした。奥まった所に士官用の個室が幾つか並んでいた。その一室に入ると、アンドロイドはランドーの注文の通り、アルコール度数の高い物をタブレットから選び、注文した。
暫くして、別のアンドロイドが注文した品を持って来た。最初のアンドロイドは部屋に留まった。
「SAI、もう下がっていいよ……」、とランドー。
「名前で呼んで下さい。」
ランドーはアンドロイドの着ている職務用の制服の胸に付いている機体番号を見た。彼女の機体番号は023……
「023号、ありがとう。もういいよ…」
「”サンディ“で呼んで下さい。皆、そう言ってくれます。それは私に取ってプレミアなのです。」、と彼女は言った。
「ウ、ウウ〜ン……」、ランドーは低く唸るとグラスに手を伸ばした。
「君に取っては特別な事なんだな……」、とランドー。
「人間の思い入れを強く感じるんです♡、アァ、自分は大切にされているんだって………」
ランドーはグラスに口を付けると、ひと含み飲み込んだ。度数の高いアルコールは彼の胃と喉を熱くし、自然、口から思いが溢れた。
「思い入れ、……思い、…かっ…」
ランドーはその言葉を自身に置き換えた。




