『誘惑と理性』
動力セクションの調査中、バートルとマークの前に突然現れたマーベリット。彼女は二人を誘惑し、お互いに闘わせようとする。また、航法管制の中島、イングリットの両大尉は、途中合流した火器管制のマーベリット大尉と共に艦中央のサービスセクションを調べるが、その最中、イングリット大尉はスコット提督の幻影と遭遇し、イギリス艦艇から発信された信号の解析を自白、これを擁護する発言を行う。
『誘惑と理性』
「二人とも、そっちの様子はどう?」、とマーベリット。
余りに唐突な介入にバートルとマークは飛び上がり、マークは勢い余って機材で頭を打った。それは暗闇の中で音を伝えるほどだった。
「痛たたっ……クソッ」、とマーク。
「驚かさないで下さいよ、大尉。いきなり………、マーク、大丈夫か?」、バートルは振り返るとマーベリット大尉の声の方へ向いた。
暫くして、奇妙なことに、灯りが無いにも関わらず、周囲が視認できる程の暗さになった。そして、二人の前には確かにマーベリット大尉が立っていた。
「何で見えるようになったんだ? 大尉、こっちは………、動力系統は完全に死んでます。そちらのセクションはどうでしたか?」、とバートルはマーベリットに声を掛けた。
「この艦はもうダメね、………ねぇ、貴方たち、ここに居ても仕方がないから私たちだけでも脱出しましょう…」、と彼女は言った。
バートルとマークは、エッ?、と驚いた。
「待って下さいっ、大尉!これは機器のトラブルかも知れない。脱出状況には該当しませんっ!」、とバートル。
マーベリットはバートルに、身体をくねらせながら近づくと、彼に自分の身体を擦り付けた。
バートルは彼女の異常行動に気が付いたが、彼の身体は固まって、心拍が上がり息が荒くなった。
(これは、………変だっ、身体が、………これは大尉じゃない………これは、……高次干渉なのかっ?、ホルモンの分泌量が操作されて性衝動を引き起こされている!)
次に彼女はマークと目を合わせると、バートルを放し、マークの目の前で制服と下着を脱ぎ始めた。マークは呆然として、それを見ていた……
彼女は床に落ちた自分の下着を掴むと、マークに近づく。
「逃げろっ、マーク、………ハァッ、ハァッ、クソッ………そいつはマーベリット大尉じゃないっ!」
バートルは床に崩れ、膝を付き、手で胸を押さえ、屈んだ姿勢のままマークに叫んだ。
しかし、………マークは何かに取り憑かれたように、その場に立ったままだった。
彼女はマークに優しく擦り寄り、手に持った下着をマークの顔に当て、匂いを嗅がせると彼の手を取り、自分の豊満な胸を触らせた。
「貴方が、いつもアンドロイドを相手にしているのは分かっているのよ………、今日は私が相手をしてあげる………、いっぱい抱いていいのよ……」、そう言うと彼女はスッ、とマークから離れた。
「その代わり………、二人で闘いなさい………、勝ったら私をあげる…」、と怪しい笑みを浮かべた。
マークは何かのスイッチが入ったかのようにバートルの方を向くと、彼に近づいた。
「やめろっ、マークッ!」、とバートルは叫んだ。
マークは横まで来ると、バートルの腕を掴み、思いっきり引き上げた。そして、引き攣った顔を近づけ、途切れ途切れに次の様に言った。
「やる…わけ………、ないじゃ、………ないで…すか…」
マークが腕を掴む手から力が抜け、彼はその場に崩れ、身体を痙攣させた。
「少尉っ!」、バートルは直ぐ彼に寄り添った。
それを見ていたマーベリット?はこう言った。
「自分で負けを選ぶなんて、情けない男。こんなのだからアンドロイドしか抱けないのよw」
この言葉を聞いた時、バートルは自分の中で、何かが勢いよく切れる感じを覚えた。
「オイッ、そこのマーベリットの偽物っ! 少尉が何でアンドロイドしか抱かなかったか知ってるかっ……、彼は血液の病気だっ!、本人は健康だが血液感染でうつしてしまうと相手の人間は重篤な状態になってしまう、………それが情けないかっ!!」
バートルは言い放つと、壁に掛けてある斧(damage control axe)を取った。
「よくもバカにしてくれたなっ……絶対に許さんっ!!」
◆
航法管制の中島とイングリット大尉は、途中、暗闇の中で落ち合った火器管制のマーベリット大尉と共に艦中央のサービスセクションを調べていた。
あらゆる電源、エネルギー系統はダウンしていた。中島はこの状況が普通の電源トラブルではない事に気が付いた。
「何処を呼びかけても、誰も居ない………、これはもしかして、精神が別の次元に移されてるんじゃないか?」、と中島は他の二人に言った。
マーベリット大尉はイングリット大尉に尋ねた。
「貴方、………傍受した通信、まさか開いてないでしょうねっ!?」
「私は、………知らないっ!」
狼狽するイングリットにマーベリットは次の様に言った。
「………まあ、いいわ。後でSAIにCICの操作記録を調べさせれば誰がやったか判る。人為的なものなら軍法会議ね…艦長命令無視違反、その上、艦そのものを危険にさらした罪は……」
それを聞いたイングリットの顔は次第に青ざめて行った。
(私は悪くないっ!私は味方の艦を一刻も早く助けるために…………、私は悪く無いんだぁっ!!)
イングリットがそう思っている時、彼女の中に声が入った…
”そうだっ、オマエは悪くない!………悪いのはコイツらだっ! もっと早く救援が来ていれば我々は死なずに済んだんだっ!“
彼女は声の主を探すように辺りを見回した。そこに立っていた者は………、
「スコット提督っ!」、とイングリット。
この様子を見ていた中島とマーベリットは彼女の言動を訝しんだ。
「イングリット大尉、誰と話してるんだ?」、と中島。
「見てくださいよっ、中島大尉。そこにスコット提督が居ます!」、と答えた。
中島とマーベリットは彼女の異常に気が付いた。彼女は灯りのない真っ暗闇の中で見える、と言っているのだ。
次に彼女の言動は、中島とマーベリットには、まるで一人芝居をしている様に聴こえた……
「そうですよね、提督、………私は悪くないんです、悪いのはSOSが発信されていたのに救援に行かなかったこの艦の艦長、五十鈴ですよ………、あの日本人の女、チョッと性能のいい艦の艦長だからっていい気になって………、私がSOS信号を開いて解析しようとしたのは正しかった……」
この時の彼女の言動に中島は驚いた。だが、マーベリットは最初から予想を付けていたかのように冷静だった。
「中島大尉、彼女は自白しましたよ。彼女の罪は先に私が言った事以上です。彼女は統合機動宇宙軍の名誉を地に落としました。 統合機動宇宙軍設立憲章には、こう書いてあります。、『統合機動宇宙軍は地球に対抗する汎ゆる脅威を排除するため、参加国の社会文化、人種を超え、これに対抗する』、あと罰則ですが第三条第5項に『組織内に於いて人種差別並びに多数の成員の生命を脅かしたと判断され、その根拠(物的証拠を含む)が明らかな者は極刑(死刑)に処す。』、と有ります。」
「やたら詳しいな、さすがフランス航空宇宙軍士官学校のグランゼコールを首席で出ただけはある………」、と中島は感心した。
「感心してないでっ! 現場のキャリアから考えて中島大尉が直属の上官でしょっ! どうするんですか、この始末はっ!」、とマーベリット大尉は中島に迫った。
「ここで処断は出来ない、………正式な軍事法廷で裁かせる。」、と中島は答えた。
このエピソードは一部、官能小説を思わせる表現が有ります。ご注意ください………




