『リベレーター改修事案』
月の異星人ミカと風早来人三等空佐の息子、志門を逃がした五十鈴一等宙佐とロバートソン。意図的に逃がした事にロバートソンは軍人として悔恨を覚えるが、五十鈴は人道を鑑みた現場の判断だとロバートソンに言う。
異星人脱走は軍総本部とアメリカ政府に報告され、統合機動宇宙軍作戦司令の山元 葵一等宙将はこれらの関係者と合議を行なう。その中でリベレーターの改修案も提示される。
『リベレーター改修事案』
五十鈴はハンドガンを握ったまま、エレベーターカプセルから走り出ると、そこには案の定、大勢の武装した隊員が入口を取り囲んでいた。
「異星人は空間転移で消えたっ、 工廠敷地内の警備を固めろっ、急げっ!」、と五十鈴は大声で警備の隊員たちに発した。
エレベーターカプセルから出たロバートソンは、自分の行った反逆に、軍人として少なからず悔恨を覚えた。
(自分は軍人として、………重大な過ちを犯したかも知れない………)
五十鈴はハンドガンをもとに戻し、背中越しに彼の方を向き、次のように言った。
「ロバートソン提督、私は隊員で貴方は軍人です。組織の違いでどう呼ばれようが、武器を与る者の判断基準は硬直した中身の無い命令ではありません、………提督がカインと戦うに当たり、山元作戦司令に交戦規定を設けるよう具申したのは知っています。貴方はその時、人道を規準にしたのではありませんか?」
「…………」、ロバートソンは黙り、次に五十鈴に言った。
「現場の判断だった………人道、………か。」、とロバートソンは自身に問い掛けるように呟いた。
異星人ミカと、風早来人三等空佐の息子、志門のテレポーテーションによる脱走は工廠の責任者、赤松三等宙将を経て、直ちに府中の作戦司令部に伝えられた。
アメリカ政府から派遣されていた、事務次官のS·クラウディアを始めとする月面異星人対策特別チームは、その役目を終え、本国へ帰還した………
◆
日立宇宙工廠内で起きた異星人脱走事件は、既に府中基地の統合機動宇宙軍作戦司令の山元 葵一等宙将の耳にも入っていた。
司令官室の机に肘を突き、山元は頭をもたげた。
(なんという失態か………だが、手に入れた情報だけでも十分な気もする、………月の異星人が前の世界を潰した、この事実だけでも、アメリカ政府は交渉の材料として使うだろう、………技術的アドバンテージは超次元航行の出来る〈あまてらす〉の建造で、かなり縮まった筈だ…)
内線で報告が有った。
{司令、本部との会議の準備が整いました。}
「ご苦労、直ぐ行く!」
山元は司令官室を出ると数名の警護を伴い、地下の会議室へ急いだ。
彼女は警護の者を入口に残し、室内に入った。ホログラムは既に機動宇宙軍本部のカーネル·リードマン大将と、軍総本部のK·マッカーシー将軍、他にはアメリカ政府、国務省の高官を映し出していた。
{山元、遅いぞっ!}、とリードマンは苛ついた様子で山元に吐いた。
「申し訳ありません………」、と彼女は答えた。
{では始めようか………我々政府は月の異星人、カインと交渉を行う事が秘密閣議で決定した。残念だが日本の日立宇宙工廠内で行われた異星人の審問では技術的な情報は得られなかった、………}、政府の高官はマッカーシー将軍の方を向いて尋ねた。
{カインとの軍事バランスはどうだね?}
{リードマン、説明を頼む…}、マッカーシーは機動宇宙軍の二人に質問を投げた。
{まもなくSCV-02〈フリーダム〉と、既に運用されているSCV-01〈リベレーター〉、此等の機動的運用の出来る、恒星戦略機動母艦、アトランティスが竣工します。それと日本防衛省の対高次元戦闘艦〈あまてらす〉シリーズも建造が進められています。}
{現在、稼働出来る艦は?}、と高官は聞いた。
山元は統合機動宇宙軍で現在、稼働している艦のリストをモニターに表示した。
その中でカインの超次元技術に対抗し得る艦は日本の〈あまてらす〉だけだった。アメリカ、日本以外の統合機動宇宙軍に参加しているヨーロッパのアメリカ連合諸国(イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン)は空間転移時のみ、短時間の超次元空間使用に留まっていた。対高次元戦闘には有効だが、SCV-01リベレーターの月、地球間の静止軌道上の戦闘結果から超次元戦闘の為にはさらなる技術的進化が必要なのは明白だった。
「現在、統合機動宇宙軍の中で、性能でカインに対抗できる艦は日本の〈あまてらす〉級だけです。まさか、………政府は、この艦を先鋒に立たせるおつもりですかっ?」、と山元は危惧した。
〈あまてらす〉は対高次元用の最新鋭艦だが、前衛的な攻撃を意図して開発されたものでは無く、日本の深宇宙防衛ガイドラインに沿って建造された、………謂わば、守りの艦で、それは運用方法にも現れている。
政府の高官は、片手を上げ、それは違う、と言う風に首を横に振った。
「月面異星人対策特別チームの得た情報では、こちらの技術的アドバンテージを埋めるものは得られなかった…………我々はカインと接触するに当たり、平和的な交渉を行うつもりだ。敵性異星人と戦うためにも、カインを敵には回せない………出来れば、我々とパートナーシップを結ばせたい。」、と高官は、その意図を説明した。
「だがっ………」、と高官は付け加えた。
「何時でも、戦える状態は維持しなければならない。交渉とはそういうものだ………時に、カイン以外の敵性異星人の制圧は進んでいるのかね、マッカーシー将軍?」
「土星宙域でドラコレプテリア系の機動要塞が確認されています。彼等も高エネルギー意識体ですが、物理戦闘用の身体を持っています。非常に強力な高次感応で兵士が近接で戦うのは危険な相手です………リードマン、現在の状況を説明し給え!」、マッカーシーはリードマンに説明を促した。
「イギリス宇宙防空軍の戦闘艦ヴァンガードと機動空母アークロイヤルが接敵、戦闘を行っていますが、状況は良くありません………」、とリードマンは答えた。
「なんとも歯切れの悪い説明だ………」、と高官は不満な顔をした。それに対し、マッカーシーは現状の打開策をリードマンに提案した。
「SCV-02フリーダムの竣工を待っている時間は無い! そこで提案だ、〈あまてらす〉をSCV-01リベレーターに積めないか、TX機関の代替として。〈あまてらす〉の性能なら攻撃防御の他、長時間の超次元航行も可能だろう………」、とマッカーシーは言った。
それを聞いた山元は立ち上がり反対した。
「そもそも、運用方法が違いますっ!簡単に言われますが、元がFFSP(Space Strike Force Program:宇宙打撃軍計画)の艦とは規格が違い過ぎますっ!」
マッカーシー将軍の横に映し出されたリードマン大将は俯き、腕を組んで手で顎を支え、暫く考えた後、顔を上げた。
「改修には時間が掛かりますが、やってみます。〈あまてらす〉を機関として使用する分には、日本政府も口は挟まないでしょう。」、とリードマン。
山元は席を立ったまま固まった。




