『見えない心の痛み』
とても審問とは言い難い、薬剤による尋問で過去の記憶を回収される志門。尋問が終わり、志門の拘束を解くクラウディアに、志門はこの世界の不完全さをクラウディアに詫びる。その後、志門は彼女の結婚について言及したとき、クラウディアはいきなり志門を蹴り飛ばす………
自室へ戻ったクラウディアは、今は亡き夫の事を回想する。
『見えない心の痛み』
翌日から審問と称する厳しい取り調べが行われた。
それには薬剤が用いられ、二日目に志門は無理やり前の世界の記憶を引き出された。
志門の脳波から正確な記憶映像の変換に成功した特別チームは、その映像を見て沸き立った。
「これは凄いっ!これが今の世界創生の元になった出来ごとだったのか………時空戦部隊の情報では月からUFOが超次元に向けて飛び立った、くらいしか分からなかった。」、とCIA(中央情報局:Central Intelligece Agency)職員のガトウは叫んだ。
また、SDA(国防省宇宙開発局:Space Domain Awarenes:)のマッキナー大尉はこの事象に使用されたエキゾチックマテリアルの“カインの剣”のエネルギー量に改めて息を呑んだ。
「我々は宇宙艦の動力や兵装用としてこのマテリアルを使っているが…………使い方を誤れば………自滅だ。」
映像を確認したクラウディアは額から汗を垂らした。
「統合機動宇宙軍のSCV-01、リベレーターは陸戦隊を出して月面基地を攻撃している、………あと少し早ければ、また違う世界になっていた。 タイムゲートチームが風早志門の存在を見つけ出せなかったのはミカという異星人がUFOの墜落から八年先に時空転移した為か………その先で会ったのが、この坊やね。」
クラウディアはこの情報を量子暗号通信で直ぐに政府へ送るよう指示を出した。
マッキナー大尉は彼女に尋ねた。
「現在の世界が作られた経過はだいたい解ったが、詳しい技術的な要素は余り確認できない。ミカという異星人を調べてからでも良いのでは?」
クラウディアは厳しい顔をして発した。
「情報伝達は速やかにっ!どんな時でも情報以上のものは無いっ!」
「…………」、彼女に対しマッキナー大尉は黙した。
審問室(最早、拷問部屋とも言える)に入ったクラウディアは気を失っていた志門に覚醒作用の有る装薬をシリンジに詰めると、彼の首筋に打った。
「ウッ、ウゥ〜ンッ…………」、志門は低く唸ると目を覚ました。
「坊や、目が覚めたかしら。貴方の記憶はしっかり頂いたわ。」、クラウディアはそう言うと、志門の拘束具を解き始めた。
クラウディアの言葉を聞いた志門は驚いたが、次にとても残念そうに彼女に言った。
「世界が世界なら…………お姉さんとも仲良く出来たかも知れないのにな………なんかゴメン。」、と志門。
「何で謝るわけ?」、とクラウディアは足の拘束具を外しながら言った。
それを見て横に居たガトウはヒャッハッハッと大笑いした。
「コイツ、記憶抜かれて落ち込んでやがるw もう、どうでもよくなったんで クラウディアにそんな事を言ってるんだ! それとも最初から彼女に気があったのか、坊主。」、とガトウ。
志門はガトウの方を向いた。
「悪いが、こう見えても年は二十六だっ、結婚もしている。坊主はやめろっ! それと、お姉さんに気があったのは確かだっ!」、と志門は返した。
クラウディアは無表情に手首の拘束具をを外しながら志門に言った。
「貴方、本当にバカねぇ………でも、そんなところは………嫌いじゃないかもね。」
彼女横顔を見ながら、志門は何か言葉に含みのある気がした。
拘束具を外し終え、立ち上がるとクラウディアは志門の方を見た。
身体の自由を取り戻した志門は、クラウディアの手を握り、彼女の顔を見入った。
それを見たマッキナー大尉は志門が暴れると思い、急いで一歩を踏み出すがクラウディアは片手を上げて彼を制止した。
クラウディアは志門に聞いた。
「なに?」
「………お姉さん、結婚してる?………いや、していた、が正しいかな………目が 」
志門が言い終わらない内に彼女の膝が志門の腹部にめり込み、その勢いで志門は椅子ごと後ろに転がった。
「ウゥッ………グッ…」、志門は腹部を押さえて呻いた。
「調子に乗るなっ!貴方はもう用済み、後は自由にしなさい。」
そう言い残すとクラウディアは部屋を出ていった。他の者も彼女に続いたが、ガトウは志門に振り返り、バカな奴、という感じで笑うとドアを閉めた。
◆
自室へ戻ったクラウディアは椅子に深く腰をお落としフーッ、と大きく息を吐いた。
顔を上へ向けたまま、…………
彼女は胸のロケットペンダントを取り、顔に近づけるとカバーを開いた。
中には写真が入っている………
「ジム………本当にバカな人………私…好きだった 」
私は頬に涙が伝っているのに気が付かなかった。
その時、ドアが開かれ開いた者と目が合った。
私はハッとして直ぐにロケットペンダントを
胸に隠した。
「すみません、次官。いきなり………手が塞がっていたもので。食事を持って来ました。」
そう言ったのは特別チームの一人、事務次官補のE·マーキュリーだった。
私が月面異星人対策特別チームに選ばれた時、予備人員として私が選定した者だった。
マーキュリーは食事のトレイをテーブルに置くとクラウディアの顔を見入った。
「次官、顔赤いですね………もしかして、泣いてました?」、とマーキュリー。
「亡くなった夫の事を思い出してたら、つい、………ね。」
「あぁ……三年前にあった異星人のワシントン襲撃事件…」
「ジムはホワイトハウスの警護に当たっていたの。もうすぐ、州軍の支援部隊が来るから私は待ちましょう、って言ったけど、彼はそれじゃ間に合わないって………そう言って彼は大統領を避難させるための囮になって………あのとき私は彼を止められなかった。」
私はテーブルに載っているトレイを引き寄せると食事に手をつけた。
マーキュリーは先に報告をした。
「今日、得られた情報は暗号で国務長官と国防長官宛に送っておきました。」
「ご苦労だったわね。明日は異星人の女を審問するから貴方も立ち会いなさい。どんな能力を持っているか分からないから気を付けるように。」、と私はマーキュリーに言った。
食事を終えると、私は今日の風早志門の事をマーキュリーに話した。
「あの坊や、とても若く見えたけど………年は二十六って言ってた。私と二つ、三つしか違わなかったのは少し意外だったけど……」
「まあ、日本人は若く見えるのでしょう……他に何か有りました?」、とマーキュリーはまだ終わっていない食事を口に運びながら言った。
私はテーブルに肘をつき、手を組んで額を付け俯いた。それを見たマーキュリーは?な感じで尋ねた。
「何か問題が?」
「いや、…………何でもない。」
(風早志門、彼はなんで私が結婚していた、と過去形で言ったんだろう………只の偶然? 彼がこの世界を創った、と言うなら、その事も、………考え過ぎか?)




