『事務次官 S·クラウディア』
アメリカから日立宇宙工廠へ到着した月面異星人対策特別チームの責任者、国務省事務次官のS·クラウディアは審問と称しつつ、志門とミカに厳しい対応を見せる。初日の晩、国防省宇宙開発局(SDA:Space Domain Awareness)のR・マッキナー大尉は彼女の対応に不安を覚えるが、クラウディアは力こそ対等な交渉であり、アメリカは過去も未来もそうあり続ける、と豪語する。
一方、志門の両親は自宅軟禁の中、父親の来門は自分の思いを妻の静香に打ち明ける。
『事務次官 S·クラウディア』
ワシントンから到着した国務省と国防省の月面異星人対策特別チームは、日立宇宙工廠に着くと挨拶もせず、直ちに拘束した二人に会わせるよう赤松三等宙将に要求した。
これに対し、赤松は非常に不快な態度を示した。国務省特別チームの女性責任者、S·クラウディア事務次官は機械的に赤松に言った。
「日米地位協定は現在も有効である、我々の要求に対し、直ちに履行せよっ!」
「クゥッ…………」
(何という横柄な態度だっ、同じアメリカ人でもロバートソンとは大違いだ、これがアメリカの事務屋かっ!………所詮は机の上の人間かっ!)、と赤松は思った。
結局、赤松は押し切られる形で二人の居る部屋へチームを案内せざるを得なかった。
◆
二人の居る部屋に着くと赤松は警護の者にドアの鍵を開けさせた。
赤松は先頭に立ち、部屋に入った。
部屋は3室、入口から入った所のテーブルと椅子を置いた部屋と、右奥に伸びる廊下とそれに接している二つの部屋、廊下の一番奥にトイレとシャワー室が設けられていた。
部屋の様子を見たクラウディアは眉間にシワを寄せた。
「赤松司令、貴方は何故、敵性対象にビジネスクラスの待遇を与えるわけですかっ!?」、と彼女は苛立った感じで言った。
「拘束した者には隊の関係者の家族も居る。手荒な事は出来ない。」、と赤松は答えた。
これに対し、クラウディアは短いため息を吐き、次の事を尋ねた。
「そちらで調べた事は?」
「健康状態は確認させてもらったが、エイリアンの女は暴れたので診ていない。」と赤松。
「二人は………何処に居る?」、とクラウディア。
そう言うと彼女は奥の部屋へ進んだ。
奥の部屋のドアを開けると、志門とミカはベッドの上に腰を下ろしたまま彼女の方を見た。
志門は自分を盾にするようにミカを自分の背中に隠した。
「誰だ、アンタ………」、と志門は疑い深くクラウディアに言った。
クラウディアが部屋の中へ入ると、それに連なってチームの他の者も入った。
クラウディアは志門の手前で立ち止まると、175cmの高身長から見下ろすように志門を見た。志門もクラウディアを見上げるように見た………
「Jap boy………風早志門ね。元T大学の鉱物化学の教授………貴方が前の世界を潰したのね。こんな坊やが………」、とクラウディアは言った。
後ろに居た国防省の者が志門に言った。
「風早志門、お前のやった事は既に情報と証拠が有る。」
「…………」、志門は黙った。
…………………………………
その後、志門はミカと無理やり引き離され、別々に審問室へ連れて行かれた。
「ミカーッ!」、そういってミカの方へ手を伸ばす志門の手をクラウディアは叩いた。
審問室に入れらた志門は椅子に固定された。頭にはへッドギヤのような物を被せられ、それは配線で台車に載せられたサーバーのような箱に繋がっていた。
クラウディアは、別室からガラス越しにマイクで隣の部屋にいる志門に話しかけた。
「これから貴方に聞く事は前の世界で月の者とどうやって接触したかよ。私たちは十二年前に月のUFOが墜落しかけて貴方の両親の乗った機体が行方不明になった………そこまでは分かっている。」、とクラウディア。
志門は肘掛けに置いた手を動かそうとしたが、金属のカバーでしっかり固定されていた。
「………今更そんな事を聞いても意味ない。それと拘束を解いてくれないか………これは審問じゃなくて尋問だろっ!」、と志門は大声で発した。
(…これは、迂闊に喋るわけには行かないな。クラウディア…………彼女の狙いは恐らくカインの霊子技術だ。多分、アメリカは相手を上回る力を保持して置きたいんだろうな………確かに僕はこの世界を創造したけど、自分が望んだ世界じゃない。こんな場面は………)
隣の部屋でクラウディアは横に居る者に志門の脳波言語転換(脳波翻訳)を行わせた。
「大した事は考えていない様です。感情アウトプットは警戒を示しています。」、と横にいる者はクラウディアに伝えた。
志門はクラウディアに質問した。出来るだけ相手を逆なでするような言葉使いを控え、丁寧に尋ねた。
「お姉さんは偉い人、どこかの国の要人? 僕に何かしてもらいたいんですか。僕はもっと友好的に話したいから、この拘束を解いて欲しいな〜w」
クラウディアの返事はなかった。志門は更に矢継ぎ早に色々な事を喋った。それはクラウディアの容姿の事にも及んだ。
………………………………………
延々三時間、志門は全く関係無い事を喋り続けた。
クラウディアはヘッドセットを机の上に置き、審問を中止した。
外にはミカの審問を行っていた中央情報局(CIA:Central Intelligece Agency)の職員、J·ガトウと国防省宇宙開発局(SDA:Space Domain Awareness)のR・マッキナー大尉がいた。
「終わったのか、有益な情報は?」、とクラウディアが聞くと二人は両手の平を広げ、首を横に振った。
「あのミカという女は本当に異星人なのか?まあ、見かけは確かに普通の女性を抜けている感じはするが、他の異星人のように高次感応の反応も見られない………………暴れて騒ぎまくるので話も出来なかった。」、とガトウは答えた。
その日、志門とミカは別々の部屋へ収監された。
その日の晩、クラウディアとマッキナー大尉は用意された執務室で審問の仕方を話し合った。
「政府から私たちに託されている事は向こう(カイン)との交渉の下地を作っておく事です。接触初日にあれはマズかったのではないですか?」、とマッキナー大尉はクラウディアに言った。
「あれは審問よ!平和的な交渉は後で持ち出せばいい…………下地を作ると言うことは、こちらも対等な力を持って初めて可能になる。貴方、大学で学ばなかった? 我が国の歴史は昔もこれから先も変わることはない。」、とクラウディアは答えた。
マッキナーは深いため息を吐き、明日の事を尋ねた。
「で、…………明日はどうするのです?」
「風早志門はミカ·エルカナンと比べて、まだ操作しやすい。明日は志門の方を落とす…………貴方はガトウに薬剤を用意するように言っておいて!」、とクラウディアは答えた。
◆
一方、ランドーとの接触で統合機動宇宙軍の存在を知ってしまった志門の両親、風早来門と静香は現在の職を解かれ自宅で軟禁状態となった。幸い孫の果南ともまだ一緒に過ごせていた。
「私はミカさんやマーナくんを見た時、何かを感じてたんだ…………君はずっと、その事を妄想と言ってバカにしてたけどね。」、来門は静香の方を見ながら言った。
「どうするの、貴方?」、と静香。
「今さらだが、私は息子の言う事にもっと耳を傾けるべきだった…………この前、世界を改変するくらい大きな事、と志門は言ってた。あの時、敢えて聞かなかった…………自分は恐れていたんだと思う。もしそれが本当なら、と。」、来門は自分の心の記憶を手繰り寄せるように呟いた。
「で、どうするのよ………」、と再び静香は聞いた。来門は静香の方を向きハッキリ次のように言った。
「こう言うのを一蓮托生………と言うのかな? もう乗っている船だ。君も付き合ってくれるよな。」
来門は静香の手を優しく握った。
作中に出てくる志門の父、風早来門の言葉はSFローファンタジー作品『カインの使者』第三部を参照して下さい、SFミリタリーアクション『機動空母リベレーター』のストーリーとリンクしています。




