『最後の夢と新たな始まり』
CICでSCV-01〈リベレーター〉の士官による最後の解散式を行うランドーと管制科員たち。リベレーターの機関の火が落とされた後、エディと飛鳥 麗大尉が復活し、全員が元の、リベレーターが就役したときの形へと戻る。誰一人欠ける事のない世界へ其々は進んで行く。
古い世界は終わり、いま新しい世界が動き出す。
『最後の夢と新たな始まり』
彼女は私がCICに入ったことに気が付き、振り返ったが寂しそうな顔で今にも泣き出しそうな、……いや、もう泣いていた。更に彼女の身体は薄い光の輪郭に包まれていた。それは消えかかっていたが…
私は静かに彼女に近づいた。そして声を掛けてみた…
「何を悲しい顔をしているのだね?」
「皆…、皆行ってしまったんです。私は一人………、誰も居ない………ウッ、ウウッ…」、彼女は嗚咽を漏らした。
「……心配しなくていい、もう直ぐ皆戻って来る。さぁ、涙を拭くんだ。」、私はポケットからハンカチを取り出して彼女の頬の涙を拭ってやった。その時、そっと前髪を分けるとアンドロイドの識別票が確認出来たが、それは絵を消しゴムで消したように薄く消えかかっていた。
そうしている時、リニアチューブのCIC入口の開放されたエアロックの方で声が聞こえた。
私は彼女に何も言わず、人差し指を口に当てて、何も言わないように合図を送った。
直ぐにランドーの他、他の管制科員たちがCICへ入って来た。
「ご苦労だったな、アスカ。あっ、ロバートソン提督、来ていたのですか!?」、とランドー。
「私も皆と一緒に終わりたいと思ってね、……この艦には思い出もある。」
「そうですね、色々ありましたから…」、そう言うと彼は皆に声を掛けた。
「それでは下士官だけで解散式を執り行う。バートル大尉、マーク中尉。SCV-01の火を落としてくれ。ER(Emergency Reactor:非常用原子炉)は72時間後に停止するように設定してくれ。」
バートルとマークは動力管制エリアに進み、主機の停止手順を双方で復唱した。バートルはとても悲しそうな顔をして手の甲で涙で潤んだ目を擦った。
「主機、電場、強制解除…」、続けてマーク中尉が復唱する。
「主機、電場強制解除!リアクタンス降下……電場消失した!」
その時、通常の”コオオオォーッという“稼働音が消え、次に”ンーーンンンン……“という停止音が伝わる。メイン動力がAPS(Auxiliary power system:補助動力システム)に切替わる際に照明が一瞬だけ揺らいだ。
「APS停止…」、とバートル。マークは頷くとAPSの緊急停止スイッチのカバーを開き、ボタンを押した。
「APS停止、艦内エネルギー回路、ERとリンク!」
「ER、自動停止、72時間後にセット…」
「ER、自動停止、72時間後にセット……、設定完了した!」、とマーク。バートルはコンソールに向けて暫く頭を垂れていた。頬から伝った涙がコンソールへ落ちる…
「艦長、本艦の火は……、落ちました。」、バートルは声を詰まらしながらランドーに報告した。
ランドーは彼の所へ歩み、無言で肩に手を置いて頷いた。そしてマーベリット大尉にお願いした。
「マーベリット大尉、乗組員の端末に動力の完全停止時刻を伝えておいてくれ。」
「ラージャ…」、とマーベリット。その間、横に居たフスター少佐は全ての兵装に安全キーを掛けていく…
「兵装起動コマンドは全て封印しました……、もっとも稼働しませんがね、最初から。一応、念のため…」、とフスター。
一段下った所の操縦航法管制エリアで中島少佐はパイロットシートに身を沈め、遠くを見るような眼差しで追憶していた。その思いは自然彼の口から漏れ出した。
「初めてリベレーターのパイロットシートに着いた時の緊張は今でも忘れない……、火星の戦いや、〈しきしま〉に入渠していた時のTX機関の暴走、土星宙域の戦い、反勢力艦隊との決戦、………私の隣にはいつも飛鳥 麗大尉が居ました。とても厳しい人で頭を叩かれた事も有ったけど………、自分はあの人の隣に座れた事でメインのパイロットに成長できた…」、そう言うと彼は隣りに居るアスカに目を向けた。
「ありがとうございます、飛鳥大尉。………もう分かっています、貴方がずっと横で私と艦を見てくれていた事を、………私も一度死んだ人間です。」、中島はそう言ったがランドーや他の者は首を傾げるばかりだった。
ランドーは全員を前に並ばせた。
「私が今ここに在るのは、全て君たちCIC科員の働きだと思っている。中島少佐、良く艦を動かしてくれた。フスター少佐、最後の月の戦い、本当に良くやってくれた、マーベリット大尉も。バートル大尉、マーク中尉、君達もだ。」、そう彼が言った時、アスカがSAIも忘れないで!、と言うと皆んな表情を崩した。
「終わりだっ、解散っ!!」、ランドーは全員に敬礼し皆もそれに応じた。
皆、それぞれにバラけた。マーク中尉とマーベリット大尉は彼の所へ来てお礼を言う…
「艦長がいなかったら、僕たちの仲は無かったと思います。艦長が彼女に下着を渡せと言ってくれたんですよね!」、マークが言うとランドーは困った顔をして、指揮統括エリアに居る私を指して言った。
「私は提督からお願いされただけだから、礼は提督に…」
二人の横に居たフスター少佐は優しい表情で笑っていた。
「妹の下着は俺が厳選した物だからなっ!……最高だろう、アッハッハッ…」
「もう、恥ずかしいっ、兄さんったら!」、とマーベリットは顔を赤くした。
私は皆んなに言った。
「さあ、もう我々は自由だっ!皆、其々の家族の元へ帰ろうっ、きっと待っている。長い間ご苦労だった!」
ランドーと私はCIC入口に立ち、出て行く者と固い握手を交わした。中島少佐、フスター少佐兄妹、マーク中尉…
最後に残ったのはバートル大尉だった。
「艦長………」、バートルはそれ以上言葉が出ない。ランドーは彼の肩をバンッと叩いた。軽く叩いたつもりだったが、彼は痛いっ!と悲鳴を上げた。
「エッ、誤射した所、まだ治ってないのかっ!? おかしいなっ?バートル、チョッと傷を見せてみろ。」
もう、とっくに怪我や病気は治っていたと思っていたランドーは彼の軍服を脱がせた。第二種艦内服のファスナーを下ろすと確かに誤射した時の銃創の跡が残っている…
(奇妙だな……、何故彼だけ…)
そう思っていた時、CICの入口のリニアチューブに人影が有った。バートルを心配そうに見ていたのは…
「エディッ!!」、ランドーは気が付かない内に叫んでいた。
彼女はバートルに走ると勢いよく抱きついた。バートルも彼女に気が付くと肩の痛みを忘れたように固く抱き締めた。声は無く、ただひたすらに抱き合い、二人の頬には涙が光っていた。不思議なことに半裸のバートルの肩の傷口はみるみる消えて行った。この申し合わせたような奇跡を目の当たりにしたランドーは暫く、我を忘れたが、次にエディの存在を思い出すと彼女に走り寄って、顔や肩を何回も触った。それは今まで心の底に積もった妹、エディへの思いを確かめるようでもあった…
(間違いない、………間違いないっ、エディッ!!)
確かな復活を確信した彼は、妹のエディを抱き締めた。
「………どんなに会いたかったか、……どんなに辛かったか…ウッ、フッ…ウッ、ウッ…ウウ…」
「レナート、……兄さん…」
「…………」、見ていた私もまた言葉が見つからず、ただ目頭を熱くした。
彼はエディの両肩に手を置いたまま、彼女と顔を合わせた。涙は止まることがなかった…
「生き返った……、本当に……、本当に生き返ったんだっ!! ………お前の乗ったTR-3Dが月に突っ込んだ時……、自分はもう生きる希望を無くした。戦闘に巻き込んだのは私だ……、たった一人の妹を……」、そう言うと彼は再び彼女を抱きしめ、大きな声で泣いた。それは、一切の肩書を捨てた彼自身の胸の内の現れだった。
ランドーはエディを離すと、バートルの方へ彼女を渡した。
「バートル、エディを宜しく頼む、………大切な妹だ。」、とランドーは言った。バートルは彼の手を両手で包んだ。
「絶対に彼女を幸せにしますっ!、貴方に心配を掛けるようなことは有りません。私は彼女を愛しています。………肩の傷が治らなかったのは叶わない彼女への思いでした。だけど、それが今、叶ったんです!!」、とバートル。
ランドーは、涙で濡れた目を手の甲でゴシッと拭くと彼に伝えた。
「我々はもう自由だ。一緒に行き給えっ!」、そう言って彼はCICを出る二人を見届けた。妹のエディはもう振り返らなかった………二人は新しい世界へと進む。
(全てもとに戻って行く、………誰一人欠けない世界に。)、と彼は心の中で思う。そんな時、山元、五十鈴、赤松、和泉らがCICへ入った。
「提督、もう終わりましたかね?」、と赤松は尋ねた。私は頷いた。
「ああっ、………前の世界の有終の美を飾るに相応しい解散式だった。次の世界は終わりの来ない新しい時代だ。」、私はそう言った、しかしランドーは一人取り残されたように暗い顔をしている。山元、五十鈴、和泉は彼に近づき問うた。
「麗は、………戻らなかったの?……」、と山元。彼は俯いたまま頷き、涙を床に落とす……
彼を囲んだ皆は落胆を通り越した表情を浮かべた。私はそれを見て山元司令へ次のように言った。
「山元司令や和泉さんは、一度死んだから感じてられると思います、もう復活していると。私も確信しています、飛鳥大尉は既に復活を遂げたとっ!」
私はランドーの前に進み出ると大きな声で言った。
「ランドー艦長っ! 気が付き給えっ!!」、私の声で彼は俯いたまま目を見開いた。私は言うと少し離れた所に一人立っていたアスカを指した。彼女はボロボロと涙を零して言った。
「レナート、レナート……、私、……私は………貴方を……愛してる。」
エッという顔でランドーの表情は固まり、次に彼女へ走り寄った。彼女の面を触り、そのとき前髪に指が掛かり、彼女の額をあらわにした。そこにアンドロイドの識別票は無い。
彼はワアッと悲鳴のような狂喜の声を上げると彼女を抱き締めた。山元、五十鈴も走り寄った。そして抱き締め、麗も歓喜の声を上げる。
「レナートッ!………叔母さんっ! 摩利香っ!」
皆が飛鳥の復活に狂喜する中、私は赤松司令に言った。
「やっと終わったよ、これで皆んな戻った。元の通りだっ!」、私の言葉に赤松は目に涙を潤ませ、腕で目をゴシッと拭く。
「さあっ、終わりだ……、失礼っ、始まりだっ!! 皆、其々、行き給えっ!」
私が皆に告げるとランドーは私に走り、握手を求めた後、被っていた軍帽を脱ぐと私に渡した。
「提督、長い間お世話になりました。私が生まれて此の方、ずっと見てくれていた………、ここから先は私一人で大丈夫です!」
私は微笑むとCICの出口を指し、行き給えっ、と促した。
皆がCICを退出する中、赤松司令が一緒に行かないかと声を掛ける。私は首を振った……
「私はもう暫く、この余韻に浸ろうと思う………」
赤松は、んっ! と頷き皆と一緒にCICを出た。私は一人残された。
私は指揮統括エリアを仰ぐと、そこへ上った……、センターコンソールの上に彼、ランドーから預かった軍帽を静かに置く。
軍帽の記章(Military cap insignia)には統合機動宇宙軍の金色の五角形のマークの中に”SCV-01“の文字が入り、帽の回り縁には、”Liberator Captain R. Landau“ の文字が金の刺繍で施されていた。
私はキャプテンシートの横に在るアドミラルシートに座り、ポケットから電子タバコを取り出し煙をく揺らしながら過去有った事を追憶した……
次の新しいカートリッジを取り出そうとした私は手をとめる………(終わったんだ、全ての悩みも困った事も………これはもう要らない)、私はそれをポケットに戻さず、彼の軍帽の横に静かに置いた。そしてシートから腰を上げた。
「私も行こう、………キャシーが待っている。」
【後記】
SSFP(Space Strike Force Program:宇宙打撃軍計画)が統合機動宇宙軍へ再編成され、僅か三年半という短い就役期間を戦ったSCV-01〈リベレーター〉。敵性異星人たちと戦い、また、世界の支配を終わらせ、人類の分岐種、カインを救い、新しい世界の創造を実現させ、その戦いの中心となったこの艦の記憶は深く、そして静かに人々の記憶の中に生き続けるだろう……
支配の世界は終焉し、新たな世界でこの記述を遺す。これは人類の真の始まりなのだ。
元統合機動宇宙軍少将 JC·ロバートソン
『USSF機動空母リベレーター戦記』 了
本エピソードを持ちまして『USSF機動空母リベレーター戦記』は終わりました。
古い世界との決別、新しい世界に各人がどう意識を向け、受け入れていくのか……、これは決して容易な事ではありません。慣れ親しんだ社会システムや生活慣習、それを打ち破るための静かな動きが世界の何処かで静かに、そして確かに始まっているのかも知れません。
この作品に長くお付き合い下さった方に心よりお礼を申し上げます。
作者 天野 了




