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第1部:出会いと旅立ち

 教室の窓から見える空っていうのは、どうしてこうも青々と広がっているんだろう。これが先週国語の時間に習った「隣の芝生は青い」っていうやつなのだろうか。

「おい、(かえで)。何をぼーっとしてんねん。帰りの会もう終わってんぞー。」

 教室の窓から外を眺めていた僕は、話しかけてきた同級生の声で我に返った。どうやら夏休み前最後の「帰りの会」はとっくに終わり、みんな帰りの用意を始めているようだった。

「う、うん。ちょっと考え事しとってん。」

「あっそ、まあ、どうでもいいんやけどさ。(かえで)!悪いんやけど、今日だけ掃除当番代わってくれへん?今日だけ!」

「ええ…。坂本君、先週もそれ言ってたやん…。まあ、ええけど…。」

 いつものように雑用を押し付けられてしまった僕はしぶしぶ掃除道具入れに向かう。別にいじめられているわけではない…とは思うのだけれど、なんでも断れない性格があだとなって、いつも面倒ごとを押し付けられてしまうのだ。あーあ、もう少しだけ、毅然とした態度で皆と話せたらいいのに。

 そんなことを考えていると、はつらつとした声で僕を呼んでいるのが聞こえてきた。

「おっす、(かえで)!まーた掃除当番押し付けられたんか。ほんまにしゃあないやつやな。俺も手伝ったるからはよ終わらせて帰ろや。」

「つっくん…。押し付けられたんじゃなくて、今日は皆忙しかっただけやから…。」

 声をかけてきたのは「つっくん」こと五十嵐 司(いがらし つかさ)。僕、星野 楓(ほしの かえで)の幼馴染で、同じ神戸市立星霜(せいそう)小学校通う5年生だ。健康的に焼けた肌と対照的な白い歯と、くったくのない笑顔が印象的である。内気で周りに流されやすい僕と違って、つっくんはいつも明るくて、おまけに勉強もスポーツも学年で1番。この前なんて、通ってる地元のサッカーチームに、名門クラブチームからのスカウトが来てたらしい。そんな感じだから、つっくんはいつもクラスの中心にいるリーダー的な存在だ。そんな彼だが、こんな僕のことも気にかけてくれていて、こうやっていつも話しかけてきてくれる。

「そんなこと言うても(かえで)ぇ。毎週毎週やないか。今度俺から皆にビシッと言うといたる!」

「い、いいよ。僕が好きでやってるんやから。」

 こんな会話をしているうちに掃除も終わり、二人で帰宅することに。

(かえで)はこの後はいつもみたいに裏山に行くんか?」

「うん、山にいると落ち着くんだよね。」

「そっか、それじゃあ俺はこのまま家に帰るわ。今日は犬のポン吉の散歩当番やねん。」

 そういって、つっくんと別れた後、僕は裏山に向かった。



「ふいー、今日も学校疲れたなぁ。」

 裏山についた僕は大きく深呼吸をして、木陰のなるべく柔らかそうな地面の上に寝転がった。別にここに来て何かをするわけでもないんだけど、山の中にいるといつもの窮屈な日常から解放された気分になれるから、僕は学校終わりによくここに来る。明日から夏休みで学校に行かなくていいことを思うと、今日はいつもの5割り増しくらいの解放感な気がする。大人はよく、子供のころは毎日自由でよかったって言って昔を懐かしがっているけど、僕に言わせれば子供も十分めんどくさいぞって思う。みんなも昔は子供だったはずなのに、大人になっていく中で、子供のころのめんどくさかったことや大変だったことは忘れて行っちゃうのかな。そんなことを考えていると、

「ぼっちゃん、今日も大きなため息やねぇ。またガッコってところに行ってたのかい?」

と歌うようなリズムで話しかけてくるのが頭上から聞こえてきた。

「青さん、こんにちは。そうやで、学校は毎日行かなあかんねん。ほんまに嫌になるわ。」

 話しかけてきたのは友人の青さん。僕のことを「ぼっちゃん」と呼び、ここにいるといつも話しかけてきてくれる。

「毎日⁉そんなに疲れることを毎日やるやなんて、人間ていうのは頭がいいのかアホなんか、ようわからんなぁ」

 そう、この言葉の通り、青さんは人間じゃない。このあたりに住んでるカワセミっていう野鳥で、頭の青い羽根が印象的だったから、青さんって呼ぶことにしている。初めはこのぶしつけな鳥に戸惑ったが、今や青さんと話すのはこの山でのひそかな楽しみの一つになっている。青さんだけじゃない。僕は物心ついたころから、人間以外の動物と会話することができる。それどころか人間よりも動物とのコミュニケーションの方が得意なくらいだ。それもそれでどうかと思うけどね。

 このことは1度小学校に入ったくらいのころに周りに行ったことがあるんだけど、誰も信じてくれなかったどころか、嘘つき呼ばわりされてしまったから、今では皆には秘密にしている。なので、このことを知っているのは両親と、唯一嘘つき呼ばわりせずに信じてくれた幼馴染のつっくんだけだ。だからこうして、みんながいない山の中で一人で小鳥たちと戯れてるってわけ。

「そういえばぼっちゃん。私はぼっちゃん以外の人間をよく知らないんやけどね。人間ってのは、川の中で泥だらけで昼寝したりするもんなのかい?」

「まさか、そんな変な人見たことないよ。」

 そう、そんな変な人がいるわけがない。

「そうなんやねぇ。でも、さっき水を飲もうと思って向こうの小川に行ったら、坊ちゃんと同じくらいの背丈の人間が、川沿いで寝てはったで?」

 なんだって?そんなの大事件じゃないか!

 僕は青さんに連れられて、人が「寝ていた」という場所に向かうことにした。

「はぁ…はぁ…。青さん、ほんとにこのあたりに人が倒れていたの?」

「そうやで、もうちょっと上やったかな?」

 きつい…。けもの道を通りながら山を登るのは想像以上につらい。こんなことになるなら普段から体育のマラソンもまじめに参加しておけばよかった。

 後悔しながら山道を進んでいくと、小さな人影がうずくまっているのが見えてきた。

「この子が…。」

 近づくと、人影は少女であり、川沿いの多岩にもたれかかるようにして、気を失っていた。12、3歳くらいだろうか。僕よりも少し大人びて見えるその少女は、目を引くようなきれいな長い黒髪と、街中ですれ違ったら十中八九凝視してしまうような端正な顔立ちをしており、倒れている姿さえも神秘的なものに見えて、一瞬あっけにとられてしまった。しかし、すぐに彼女の服装が、坂道から数十メートル転がり落ちたかのようにボロボロであることに気づき、正気に戻った。よく見るとケガをして、少しだが血も出ているように見える。

「び、病院に連れて行かなくちゃ!」

 僕はスマホのトークアプリに登録されている無駄に多い「友達リスト」の中から、震える手を抑えながら急いでつっくんのアカウントを見つけ出して電話をかけると、二人で町の診療所まで泥だらけになりながら少女を運んでいった。



「お疲れ様。チョコとキャンディーどっちがいい?」

 そう言いながら、診療所の待合室にあるソファーに座るつっくんと僕に紙パックのリンゴジュースを手渡してくれたのは、この診療所の先生である八木先生だ。この町で長い間診療所を営んでおり、いつも真っ白な白衣を纏っているため、このあたりの子供の間では「白ヤギ先生」と呼ばれている。年齢は40歳を過ぎたくらいだろうか、髪には僅かに白髪が混じり、にっこり優しそうに微笑む目尻には僅かにしわが寄っている。

 僕たち二人が泥だらけになりながら少女を運んできたことで、一時、診療所内は騒然としたが、しばらくして少女の手当ても無事に一段落し、今はだいぶ落ち着いてきたところであった。

「白ヤギ先生、あの子は大丈夫なん?」

 リンゴジュースを受け取りながら、つっくんが先生に尋ねる。流石のつっくんにも疲れと心配の表情が浮かんでいた。

「ああ、何かのショックで気を失ってはいるけど、ケガ自体は大したことなさそうやから、もうじき目を覚ますと思うよ。」

 それを聞いて僕たちはほっと胸をなでおろした。

「ただ、私はこれから1丁目の高橋さんの往診に行かないといけないから、目を覚ますまで見ていてあげてくれるかい?今日は患者さんが多くて他の先生も看護師さんも大忙しなんだ。」

 先生に促され、僕たちは少女が目を覚ますのを見守ることになった。

「いやー、(かえで)から連絡来たときはほんまにびっくりしたわ。急に女の子が空から降ってきたなんて言うもんやから、散歩を急いで切り上げてきたけど、後でポン吉に怒られてまうなぁ」

「降ってきたんちゃうて。山で倒れてたんやって。」

 女の子が倒れている=某国民的アニメ映画 はちょっと安直すぎないか?などと思わなくもないが、こんな状況の中で冗談を言って和ませてくれるのはありがたい。

「それにしても、(かえで)の動物と話せる能力がこんな風に役に立つこともあるんやな。後でポン吉なだめるのにもつき合ってくれへん?」

「それはもちろんいいけど…」

 こんなやり取りをしているうちに、ベットの方からうめき声が聞こえてきた。

「う…うぅ。こ…ここは?あなたたちは誰…?」

「おはよう、大丈夫か?俺は(つかさ)でこいつは(かえで)。二人とも星霜小(せいそうしょう)の5年生やで。それでここは1丁目の八木診療所。君は見たことないけど、もしかして中学生?」

「お、おはようございます。裏山の小川に倒れていたところを見つけて、ケガしてたみたいなので連れてきたんですけど、もう痛くないですか…?」

 状況を把握するために質問したつもりが二人からさらに質問で返されてしまった少女は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに状況を理解し、小さく深呼吸をしたのち口を開いた。

「そう、あなたたちが病院まで運んでくれたのね…ありがとう。私の名前は如月 翠(きさらぎ みどり)(みどり)って呼んでくれて大丈夫よ。今12歳だけれど、訳あって学校には通ってないの。傷についてはもう大丈夫よ。」

 そういってほほ笑む(みどり)さんを見て、僕たち二人はとりあえず胸をなでおろした。

「ところで(みどり)さんは何であんな山の中で倒れとったん?(かえで)が見つけたからよかったものの、ほっとったら危なかったんちゃうか?あのへんイノシシとかも出るし。」

「それは言えないの。ごめんなさい…。でも、あなたたちこそどうしてそんなところにいたの?」

「それは僕が山で過ごすのを放課後の日課にしてて。ちょっと変って思うかもしれないけど、僕は動物と会話ができるんだよ。それで(みどり)さんが倒れているのをカワセミの青さんに教えてもらって…」

 申し訳なさそうに答えた(みどり)さんの、話題をそらすかのような質問に対して、僕はつい素直に答えてしまった。ああ、動物と話せるなんて言っても信じてもらえるわけないのに。考えたらわかるじゃないか、僕のバカバカ…。

 しかし、そんな僕の心の内とは裏腹に、

「動物と意思疎通が…?本当に…?」

 と、(みどり)さんは驚いたように少し目を丸くしてつぶやいた。

「へ?信じてくれるんですか…?」

 予想外のリアクションで、(みどり)さん以上に目を丸くしてしまった僕を見て、つっくんがすかさずフォローしてくれる。

「ああ、(かえで)が動物と話せるのは本当やで。俺もよくペットのポン吉に餌をあげ忘れるんやけど、すねてもたポン吉との仲裁をよく(かえで)に頼んでるねん。」

 屈託のない笑顔で話すつっくんを見て、(みどり)さんも嘘を言っている顔ではないと思ったのか、とりあえずは信じてくれたようだった。話が一通り落ち着いたところで僕はもう一度(みどり)さんに聞いてみることにした。

(みどり)さん、蒸し返すようで申し訳ないんですけど、(みどり)さんが山の中で倒れていたのってなんでなんかなって。あんな山の中で倒れてるなんてただ事じゃないと思いますし、頼りないかもしれへんけど、僕たち、できることであれば何でもお手伝いするので、事情を教えてもらえませんか?」

 さっきこの質問に対して(みどり)さんが答えられないと言ったとき、つっくんはそれ以上言及しなかった。それはつっくんが(みどり)さんの「言いたくない」っていう意思を尊重したからだ。でも、僕は思うんだ。本当は助けを求めている人がいるとして、その人が必ずしも救いの手が伸びてきたタイミングでその手を握り返せるとは限らないんじゃないかって。そしてそれは、「差し伸べる側」として生きてきたつっくんにはイメージしにくいのかもしれないって。だから、僕はつっくんが引き下がっていたとしても、その一歩先まで一度だけ踏み込んでみることにしている。

 真剣な顔で返事を待つ僕を見て、(みどり)さんは困ったような諦めたような、あるいはほっとしたような笑顔で口を開いた。

「ありがとう。そうよね、こんなドロドロになってまで助けてくれた人たちに隠し事する方が不誠実よね。」

 一呼吸おいて、(みどり)さんは続けた。

「実は私、この時代の人間じゃないの。」

 この時代の人間じゃない⁉冗談を言うにしてはユニークすぎるタイミングじゃないか?それともまだ錯乱しているのか?

などと、失礼なことを考えながらも、何とか表情に出さないよう苦戦している僕を尻目に(みどり)さんは続ける。

「驚くのも無理はないわ。でも本当なの。私の両親はこの時代よりもはるかに先の時代に生まれた旅人で、過去から未来まで様々な時代の様々な場所を旅する「時空の旅人」だったの。そして私はその旅の中で生まれた子供。両親と一緒に色んな所を旅したわ。古代ローマの活気ある街並み、琉球で見た鮮やかな首里城、まだ文明が生まれていない白亜紀に行って見た星空。どこも素敵だったわ。」

 思い出を語る(みどり)さんの目はとても幸せそうだった。僕の疑う気持ちも、そのキラキラした瞳を見てすっかり失せてしまった。しかし、話を続ける(みどり)さんの顔色が暗くなる。

「でも、ある時旅の中で、この世界の平和を脅かす集団を見つけてしまったの。それが「永久の救い(とこしえのすくい)」と名乗る団体よ。元々彼らは未来の荒廃した時代に生まれた人々で、苦しみばかりの世の中に希望を見出せず、つらい日々を過ごしていたの。そんな中、世界を終わらせることで、自分たちもこの苦しみから救われると説く指導者が現れたの。」

「世界を…終わらせる…?」

 あっけにとられる僕。つっくんも声には出さないが同じ気持ちだろうことが表情から伝わってくる。そんな僕たちをよそに話を進める。

「そう、そして彼らはついにその方法を突き止めたの。それが「時間の崩壊」を引き起こすこと。」

「ち、ちょっと待ってくれよ!時間の崩壊⁉時間が壊れるってどういうことやねん。」

 ついにつっくんが話を遮った。僕もなにがなんだかわからない。そんな僕たちの様子を見て、(みどり)さんが説明してくれる。

「いい?時間っていうのは過去から現在、そして未来に向かって、大きなエネルギーを伴いながら流れているものなの。でも、その流れっていうのは均一ではなくて、時間エネルギーの大きな時代や小さな時代など、伴う時間エネルギーにムラがあるものなの。「永久の救い(とこしえのすくい)」はそこに目を付けたわ。つまり、時間エネルギーが極端に少ない時代と場所を見つけ出して、そこにあえて膨大なエネルギーをぶつけることで「時間のほころび」を作り出すことにしたの。」

「時間のほころび…?そ、それが「時間の崩壊」に繋がるっていうんか…?」

「そう、「時間のほころび」は放っておくとどんどん大きくなり、最終的には世界のあらゆる場所、時代を侵食していくわ。そして「時間のほころび」に浸食された場所や時代は時間が止まり、二度と動き出すことはないの。」

「そんな…ことが…。」

 僕の頬を冷や汗が伝う。

「もちろん、私や両親は止めようとしたわ。でも…駄目だった…。私たちの抵抗もむなしく「永久の救い(とこしえのすくい)」は「時間のほころび」を作り出すことに成功し、そして私の両親は「時間のほころび」に飲み込まれて、おそらくは…死んでしまった…。」

 悲痛な面持ちで(みどり)さんは話を続ける。

「このままでは世界は「時間のほころび」に飲み込まれて永遠に止まってしまうわ。

 でも‼私の両親は命を懸けて最後の希望を2つ残した。その1つは「クロノスの宝玉」と呼ばれるエネルギー体の存在を発見したこと。これは時間の流れには時間エネルギーが少ない場所があるのと同じように、膨大なエネルギーがエネルギー溜りのように集中することがあるの。そして、その過集中したエネルギーに何らかのきっかけが加わることで、凝縮された時間エネルギーがまるで宝石のような物質になって現れる。」

「それが「クロノスの宝玉」ってことか。」

 つっくんがつぶやく。

「そうよ。そしてそれを12個見つけ出し、回収することで、時間のほころびを完全に埋められるだけのエネルギーを集めることができる。」

「そ、そうか!じゃあ、「クロノスの宝玉」を12個集めることができれば世界を救えるんだ!」

 つい語気をあらげて叫んでしまった。そんな僕に(みどり)さんは頷きながら、話を続ける。

「そう、そして両親が残した2つ目の希望…。それはこの私よ。お父さんとお母さんは死の直前、せめて私だけでも逃がそうと、私をタイムスリップでこの時代に飛ばした。私がこの世界を救えると信じて。だから私はこの世界を救わないといけないの。」

 そう締めくくり、(みどり)さんは口を閉じた。先ほどまでのあふれだしそうな悲しみを宿した表情はいつの間にかなりを潜め、(みどり)さんの目は決意の光に満ちあふれているようだった。

 そうか、つまり(みどり)さんが山に倒れていたのはタイムスリップで飛ばされてきたからなんだ。そしてこの世界を救うために動き出そうとしている…。そこまで考えると、僕の口は自然と言葉を発していた。

「僕にも手伝わせて。」

「そ、そんな。今日初めて会った君をこんな危険なことに巻き込むなんてできない…!」

 (みどり)さんは僕の突然の申し出に動揺と困惑が隠し切れないようだ。でも…、

「聞いた感じだと、クロノスの宝玉ってそんなに大きいものじゃないんでしょう?きっと僕の動物と話せる特技は、クロノスの宝玉を探し出すときに役に立つと思うんです。なにより世界の危機を黙ってみているなんてできないんです。お願いします、僕にも手伝わせて。」

「もちろん俺も手伝うで!俺は(かえで)みたいなすごい能力はないけど、こんな話聞いておいて何もしやんなんでできひんよ。三人で世界を救ったろうや!」

「…二人ともありがとう。本当は私もパパやママがいなくなって一人でどうしたらいいのかわからなくて…。一緒に戦ってくれるならうれしい。3人で頑張ろう。」

 初めは戸惑ったような表情だった(みどり)さんも、僕たちの熱意に押される形で最後は笑顔でそういった。初めて見た(みどり)さんの笑顔は困ったような安心したような複雑な笑顔だった。思えば身寄りが突然いなくなって、それでも世界のために動かないといけない環境で、ずっと不安な気持ちを押し殺していたんだろう。僕と二歳しか違わないはずの(みどり)さんがとても大人に見えた。僕も中学生になったらこんなに大人になれるんだろうか。

 そのあと話はつっくんの主導でどんどん進んでいった。(みどり)さんのケガの程度は軽く、今日しっかり休めば明日には退院できること、すでに一つ目のクロノスの宝玉のありかには目星がついていること、そして明日から夏休みで学校が休みなことなどから、出発は明日の早朝、学校の校門前で集合ということになった。少し急な気もするが、それだけ世界の状況が切迫しているということだろう。ここまで決めて、僕たちも今日は帰って明日に向けて休むこととした。

「それじゃあ(みどり)さん。僕たちは今日はもう帰りますので。明日はよろしくお願いします。」

「翠さん、さよなら!(かえで)の家はこっから遠いから明日は俺が迎えに来るわ。」

「ええ、さようなら。また明日ね。」

 別れ際の二人の顔にはなんだか決意のこもっていた気がする。きっと僕もそうだったのだろう。明日が楽しみだ。



 ―翌日の朝。

 僕は二人に先立って校門前に来ていた。約束の時間にはまだ早いが、冒険への出発だと思うとついそわそわして早くに来てしまったのだ。それにしても、土曜の朝に早起きするのってなんでこんなに気分がいいんだろう。早起きといっても普段学校に来る時とそこまで変わらないはずなのに、土曜日に早く起きたっていうだけでなんだか一日が長くなった気がする。それに、なんだか空気も普段より澄んでる気がするぞ。

 そんなことのんきなことを考えていると、

「おーい、(かえで)!おまたせ!」

「ごめんね、退院の手続きをしてたら遅くなっちゃった。この時代はまだ紙のお金が使われているのね。」

 つっくんと(みどり)さんがやってきた。二人とも昨日の緊迫した雰囲気とは打って変わってリラックスした表情だ。いや、(みどり)さんからは少し緊張した雰囲気を感じる。考えてみれば当然だ、今から危険な旅に出るのだから。僕も気を引き締めないと…!

「ところで|ミドリン。クロノスの宝玉を集めるのって、タイムスリップして探しに行くんやろ?タイムマシンはどこの引き出しの中にあんの?」

「引き出し…?いいえ、タイムマシンは引き出しの中にはないわ。タイムスリップはこの『クロノスウォッチ』を使うの。」

 「ミドリン」というのは(みどり)さんのあだ名だろう。流石つっくんだ、昨日初めて会ったばっかりなのにもうあだ名で呼んでるなんて、コミュ強すぎる…!僕なんてクラスの女子にもいまだに「さん付け」だぞ。だが、そんなつっくんのタイプスリップジョークもどうやら(みどり)さんには通じなかったみたいだ。(みどり)さんの時代ではあの国民的アニメはもうやってないのかな、それともアニメとか見ない家だったのかな。

 『クロノスウォッチ』は、ウォッチというだけあって一見腕時計のような形をしている。装飾などはないシンプルな金属製の腕時計のようだが、まるでエメラルドのような深い緑色をたたえたその金属は僕たちの見たことがないものだった。また、文字盤の時計であれば時刻の数字が入っている12か所には数字はなく、丸くくり抜かれている。集めたクロノスの宝玉をこのくぼみにはめ込むことでちょうど12個まで宝玉を補完できるようになっているらしい。そして、時計でいう裏蓋にあたる部分は何やら数字を入力できるパネルがいくつも取り付けられており、(みどり)さん曰く、ここに行きたい時代と場所の座標を入力し、側面のリュウズを押し込むことでタイムスリップができるらしい。

「それじゃあ、さっそくタイムスリップしてみましょうか。クロノスの宝玉があると思われる場所の設定も終わったわ。」

 僕とつっくんがこんな時計で本当にタイムスリップできるのか半信半疑で見つめている間に(みどり)さんは設定を終え、習うより慣れろと言わんばかりに話を進める。この人、意外と強引に進めるところがあるな。

「さあ行くわよ!私に捕まって!」

 アワアワしながら僕とつっくんが腕に捕まったのを確認した後、(みどり)さんは勢いよく『クロノスウォッチ』のリュウズを押した。

「時空の壁を切り開け!タイムスリップ‼」

 (みどり)さんの決め台詞?が聞こえてきたかと思うと、目の前に広がっていたのどかないつもの町が消え、”無”が僕の視界を覆う。「黒」とは明確に異なる完全な虚空だ。叫びだしたくなるような不安が急激に押し寄せる。もしもタイムスリップが失敗したら?もしも今(みどり)さんの腕をつかんでいるこの手を放してしまったら?僕は永遠にこの虚空に閉じ込められるのか?目の前を覆う途方もない”無”に心が押しつぶされ、叫び出す直前、視界に光が差し込んだ。

「二人ともお疲れさま、よく頑張ったね。」

 (みどり)さんが優しい言葉を投げかける。どうやらタイムスリップは成功したようだ。横を見るとつっくんも無事だ。だが、さすがのつっくんも冷や汗をかいて、少し動揺しているようだ。無理もない、あんな虚空に投げ出されるなんて聞いてなかった。ひどいぞ、(みどり)さん。

「ごめんね、二人とも。タイムスリップ中のことはあらかじめ言っておこうかとも思ったんだけど、あの感覚って言葉で説明しにくいでしょ?だから、先に説明しても理解してもらうのは難しいし、変に不安をあおるだけだから、ひとまず体験してもらおうと思ったの。」

 僕たちの非難のまなざしにこたえるように申し訳なさそうに弁明する。まあ、確かに言葉であの感覚を伝えるのは小学生の僕たちはもちろん、中学生の年齢である(みどり)さんでも難しいだろう。ということで、僕は心の中で今回だけは許してあげることにした。

 一人で納得している僕を差し置いて、つっくんが口を開く。

「ま、まあそれはええんやけどさ。いや、びっくりはしたけど…。そんなことよりここは?」

 そう、ここはさっきまでの校門前とは明らかに違う。目の前に広がる壮大な荒野。そして、肌を差すような真直ぐな日差しと、深呼吸するだけで干からびてしまいそうな乾いた空気が、ここがいつもの日常と隔離された場所だと教えてくれる。

「ここは19世紀のアメリカ。西部開拓時代よ。」

 つまり僕たちは、神戸から10000km離れたアメリカ、それも200年以上前のガンマンと野望渦巻く時代へ到着していたのだ。


 一部 完

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