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その21

 妹とふたり並んで駅まで歩く。

 昨日とまるで同じ、だけど時間だけが少し違う。

 目に見える景色に変化はないけど、道を歩く人はいつもと違う人たちばかりだ。

 十分早く家を出ただけでこうも違うのかと、僕は少し感心していた。

 時は金なりというけれど、それだけ朝の時間は貴重で、人によって過ごし方、使い方が違うということなんだろう。

 人の数だけ違う人生がある。そのことを、僕は少しだけ実感していた。

 こんなことで実感するのもおかしな話かもしれないけど、些細なきっかけでこういった気付きを得ることが出来るのは、そう悪いことではないんじゃないかと僕は思う。


「どうかしたんですか、兄さん?」


 ぼんやりとしていた僕に気付いたのか、アリスが不思議そうな顔で聞いてくる。

 

「うん。いつもとは違う人たちを見かけるなと思ってさ」


「ああ。確かにそうですね」


 合点がいったのか頷くアリス。

 妹の目にも、新鮮な光景に映っているのかな……そう思ったのだが、


「でも、帰りの電車で見かける人も結構いますよ」


「え? そうなの?」


「ええ。自販機の前にいる女の人はたまに同じ電車に乗ってますし、あそこの黒いスーツの男性は金曜日によく見かけます」


 確認するように視線を向けながら説明していくアリスだったが、僕は彼らにまるで覚えがない。

 いや、言われてみると確かに見かけたような気もするのだが、確実にその人だと言い切れる自信はなかった。


「すごいね、アリス。僕は全然分からなかったよ」


 確証を持てずにいる僕とは対照的にハキハキと答える妹を見ていると、記憶力の違いに気が滅入りそうになる。


「そういうのって、意識して見ていたりするの?」


「特にそういうわけではないですよ。ただなんとなく記憶に残っていたので、それをもとに照らし合わせているだけです」


「なんとなく、ねぇ」


 そういうことがさらっと出来るのが、出来の違いってやつなんだろうな。

 あまり記憶力がない自分にうんざりするが、頭は取り換えようがない。ため息をついただけで頭が良くなるようなら、誰だって苦労はしないのだ。

 

「兄さんもやろうと思えば出来ると思いますが」


「いや、いいよ。ただでさえまだクラスメイトの顔と名前が一致してないくらいだし」


「えっ、そうなんですか」


「うん、アリスは……いや、答えなくていいや。その顔を見ればもう分かるし」


 驚いた顔をしている時点で、アリスはもう全員覚えているんだろうなぁ。

 そのことに凹みつつ、僕らは改札口を通り抜ける。アンニュイな気分を抱えたままプラットホームに向かうと、ちょうど電車がきたところだった。

 

「あの兄さん、私はその、昔からコンクールなど人が大勢集まるような場所に行くことが多かったので、自然と覚えるようになったと言うかですね」


「いや、いいよアリス。慰めてくれなくても。自分で勝手に落ち込んでいるだけだからどうか気にしないで欲しいなって……」


 人の邪魔にならないよう僕らは縦に並んで乗り込むが、アリスはさっきの会話を気にしているのか、後ろから話しかけてくる。

 適当にいなしながら、軽く首を振って周りを見るも、やはり車内は混んでいた。

 早い時間であろうとも、席は空いていないようだ。

 仕方なく僕は吊り革に手を伸ばす。硬い感触が手のひらに伝わってきて、掴んでいることがはっきりと分かる。そのことに、僕はなんとなく安心した。

 自分はここにいるということが、感覚として理解できるからだ。いていいのかは分からないけど、少なくとも僕は自分がここにいることが分かる瞬間が好きだった。


「いえ、そういうわけにもいかないんですが……あっ」


 僕はそのことに気を取られていたけど、妹は違ったのだろう。

 まだ話しかけてくるアリスだったが、その声がふと止まった。

 なんだろうとアリスが見ていた方向に目を向け――。


「おはよう、秀隆くん。今日は早いんだね」


 一瞬、息が止まった気がした。

 いないはずの天音が、何故か今日もそこにいた。


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