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その19

「え……」


 一瞬、なにを言われたのか分からなかった。

 今の状況も忘れ、アリスの顔をじっと見てしまう。

 すると、アリスも僕のことをまっすぐに見つめてきた。

 視線が交錯し、僕とアリスの視界には互いのことしか映らなくなる。

 二人きりの世界がそこにあった。僕が決して望むことはないだろう世界だ。

 だが、アリスはどうなんだろうか。思えば、そのことを聞いたことがない気がする。

 兄から妹に聞くことじゃないから当然ではあるのだが、何故かこの時の僕はそんなことを考えてしまった。


「私では嫌なんですかと聞いているんです」


 アリスが問いかけてくる。

 綺麗な声だ。だけど、どこか空虚さがある。

 まるで、僕に拒絶されたらどこかに行ってしまうんじゃないかという危うさが、今のアリスからは感じられた。


「嫌というわけじゃ、ないけど……」


 だからだろうか。僕はアリスの問いをハッキリと拒むことが出来なかった。

 逃げるように視線を落とし、曖昧な返事をする僕の言葉に、アリスはどこか満足そうに頷いた。

 そして、


「ならいいじゃないですか。私たちは兄妹なんですし、なにも問題ないですよね」


 そんなことを言ってくる。それはもはや問いかけですらなかった。

 我が意を得たりとばかりに笑顔さえ浮かべるアリスは、僕が嫌だという可能性をこれっぽっちも考えていないように見える。


「それ、は……」


 実際、事実ではあった。

 僕はアリスを明確に拒むことは出来ない。

 飛びぬけて優秀な義妹に対し、不甲斐ない兄であることは自覚していた。

 負い目だってある。性格もおとなしいほうだ。だからアリスに対し強くでれない。

 そのことを自分でも分かっていた。だから引っ越し当初にお互い部屋にいる時はなるべく干渉しないことというルールを作り、線引きをしたのだ。

 単純だけど、効果はあった。これまでは。


「ねぇ、いいでしょう。兄さん」


 だけど、アリスはそれを壊そうとしてくる。

 そんなルールは必要ないと、暗に言ってきている。

 良くないのに、良いはずがないのに、アリスはそんなのはいらないと言ってくる。

 ルールは必要なのに。お互いに線引きをしたほうが絶対いいのに。

 僕らはまだお互いどこまで触れていいのかの境界線があやふやだから、それが分かるまでの間は必要以上の干渉を避けるべきなのに。

 そのことを、アリスだって分かっているはずなのに。どうして……。


「今日、帰りに新しい鍵を買ってくるから。だから取り付けが終わるまでは……」


「鍵なんてすぐ付け替えることが出来るじゃないですか。つまり今日限りってことですよね」


 絞りだすように口にした僕の提案に、アリスが呆れたようだった。

 時間稼ぎにもなってないことは分かっていたけど、責めるようなアリスの口調に、僕は思わず縮こまる。


「それは……」


「私は必要ないと言ってるんです。兄妹なんですから、お互いの部屋を行き来するくらい普通ですよ。私の友達も、兄の部屋に入って漫画を読むくらいは普通のことだと言ってましたよ」


 僕を説得にかかってくるアリス。

 彼女が挙げたのは、実際の兄妹の話だ。仲のいい兄妹なら、なるほど。そういうことをするのも、確かに当たり前のことなんだろう。


(でも、僕らは……)


 その例には当てはまらない。

 仲のいい兄妹。実の兄妹。そのどちらにも僕らの関係は当てはまることはない。

 僕らの関係はこれからで、この先少しづつ本当の意味で兄妹になっていく。そのはずなのだ。


「そう、なんだ」


「ええ、ですから私たちもそうなりたいなと。兄さんと、もっと距離を縮めたいんです。私は」


 だけど、アリスの提案は急すぎる。もっとゆっくり時間をかけても問題ないはずだ。

 そんなに焦らなくても……焦って?


(アリスはなにかに焦っているのか?)


 そんなことをしたいと思うような心当たりは……いや、もしかして……。


「ねぇ、いいですよね。兄さん。私からのお願いです。これで貸しはナシでいいですから。ね?」


 思考を働かせる前に迫ってくるアリス。強引な妹の頼みに、僕はやはり曖昧に頷くことしかできなかった。



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