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その1

「アリスです。今日からよろしくおねがいします」


 僕とアリスの出会いはとても唐突なものだった。

 ある日突然、僕の父親が彼女のことを家へと連れてきたのだ。

 そして今日からこの子はお前の妹になるんだと、ただそれだけを告げられた。


(髪、銀色だ。それにすごく綺麗で……こんな子、ほんとにいるんだ)


 当時の僕は、とても戸惑ったことを今でもよく覚えている。

 髪の色もまるで違うし、なによりこんな綺麗な子が妹になるなんて、僕はまるで信じられなかった。


「なにをしているんだ。秀隆も早く挨拶をしなさい」


「あ、うん。よ、よろしく、アリス」


 父親に促され、なんとか挨拶をすることは出来たけど、やっぱり現実感はなかった。

 夢を見ているんじゃないか。そんなことを、ぼんやりとした頭で考えていたと思う。


「父さん、この子……えっと、アリスが妹になるってどういうこと?」


 今思うと、随分無神経な質問をしてしまったと思う。

 これから家族になるとはいえ、突然引き取った女の子なんて、なにか事情があるに決まってる。

 幼い僕にはそんなことも気付かず聞いてしまったわけだが、父は僕に輪をかけて無神経な人だった。


「ああ、父さんとアリスの父親は、学生時代からの友人だった。ただ、先日事故でアリスの母親と一緒に、ふたりとも亡くなってしまったんだ。他に身寄りもないというので、うちで引き取ることにしたんだ。ふたりとも、これから仲良くしなさい。兄妹になるんだからな」


 そんなことを、両親を亡くしたばかりの子供の前で平気で言ってのけたのだから。

 いや、むしろ自慢げですらあったかもしれない。母親も似たような表情を浮かべ、満足そうに頷いていた。


「ずっと娘が欲しかったの。それもこんな可愛い子なんて、本当についてるわ!」


「容姿もそうだが、あのふたりは非常に高い能力を持っていた。以前あった時に、娘は非常に聡明な子であると自慢されたが、あれが親の贔屓目抜きの発言であったとしたら期待できる」


「まぁ、本当に!?」


「ああ……正直、秀隆にはあまり期待は出来そうにないからな。アリスが継いでくれるなら、我が家もきっと安泰だ」


「良かったわ! じゃあ早速習い事をさせないと! すぐに見繕ってくるわ。秀隆じゃ出来なかったことが出来るなら、私もようやく周りの鼻を明かすことが……」


 頭の上で飛び交う会話は、ひどいものだった。

 似たもの夫婦。今ならこの言葉がひどくしっくりくる。

 子供のことを見ていない、自分たちのプライドとメンツが大事なだけの、大人の会話だ。

 僕にとってはそれは既に慣れ切った内容で、今更どうこう思うこともなかったが、アリスはきっと違ったんだろう。

 身体を小刻みに震わせて、もう一度静かに頭を下げた。


「……よろしく、おねがいします」


 その時のアリスが、どんな表情をしていたのかは分からなかった。

 両親を失ったばかりの彼女が、見知らぬ他人の家に引き取られ、悪意に満ちた会話を耳にして、心の中でなにを考えていたのかも。

 僕にはなにも分からなかったし、分かってもいなかったのだ。


「うん……」


 僕はアリスの言葉に頷いた。僕だけが、アリスの言葉に頷いていた。

 そのことを、ただ可哀想だと、それだけは思った。

 だから――


「あっ……」 


 気付いたら、僕はアリスの手を取っていた。


「ちょっと遊びに行ってきます!」


 そしてそのまま家から飛び出す。

 遅れて両親たちの声が聞こえたけど、そんなことはどうでもよかった。

 あそこにいたら、この子はずっと暗い顔をしたままだ。


「あ、あの」


「僕、秀隆って言うんだ。今日から君――えっと、アリスのお兄さんになる、らしい!」


 未だなにが起きたのか分からない様子のアリスだったけど、手を引っ張る僕の動きに合わせるようにちゃんと走ってくれている。

 それはとても助かったけど、こっちというと、走りながら話しているせいか、既に息も切れ切れだった。

 習い事はいくつかしていたけど、まだあまり体力はなかったし、なにより初めて両親の話を無視したことで、胸がすごくドキドキしている。

 帰ったら、きっとすごく怒られるだろう。でも、そんなのはどうでもいい。


「だけど、君のこと、まだ全然分からない。だからさ、僕に教えてよ。アリスのことを! たくさん!」


 ただ、僕はこれから妹になるという子が、暗い顔をしているのが嫌だったのだ。

 それだけで、両親に逆らうには十分すぎる。


「あ……は、はい」


 戸惑いながら、それでも顔を上げて、僕を見ながら確かに頷いてくれたことが、その時の僕はただ嬉しかった。


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