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その17

 普通の家族が欲しかった。普通に優しくされたかった。普通に笑いあいたかった。

 普通。普通。普通。僕は普通を求めてた。普通の家族でいたかった。

 だけど能力的に秀でたところがない普通の人間である僕を、あの人たちは求めてなかった。

 欲しかったのは優秀な息子。そう願って、あの人たちは僕に秀隆という名前を付けた。

 他人より優れ、秀でた子供が彼らは欲しかったのだ。性格や感情、年齢なんて関係ない。あの人たちはただ能力だけを欲していた。そのためには、きっと誰でもよかったんだろう。

 それが他人の、友人の子供であろうとも。


 ――――お前はもう駄目だな。アリスにまるで及ばない。家を継がせるなど無理だ。


 そうハッキリと父から告げられたその瞬間、僕の役割は終わった。

 父にとって、僕は息子ではなくなったのだ。東条家の後継者ではなくなり、ただ東条の性を持って生まれただけの出来損ないと化した僕を、あの人はもう見ようともしなかった。


 そして両親の期待は、アリスへと降りかかった。

 僕には出来なかったことを、なんてことのないようにこなすアリス。

 同じ課題を課せられて、それを僕よりずっと早く確実にやり遂げる。

 出来が違う。ものが違う。秀隆とは大違いだと両親は褒めちぎり、のめり込む。お前なら出来ると、さらに多くの課題を追加する。

 そしてアリスはそれをこなす。黙々と俯いて、文句ひとつ口にせずに。ひたすらその繰り返しの日々。

 

 アリスは泣くことはしなかった。反論も反抗もせず、ただあの人たちに言われたことに素直に従い続けた。

 そもそも抗うことなんて出来なかったのだ。だって、アリスは両親を一度失っている。

 そして友人で会った僕の両親に引き取られた。アリスの親族はおそらくいないのだろう。

 つまり、アリスにはもう帰る場所がここしかないのだ。逃げるところなんてどこにもない。

 だから言われたことをやるしかなかったことなんて、そばで見ていればすぐに分かる。

 そうしなければ、アリスの居場所はなくなるだろう。僕みたいに、それどころかもっとひどい扱いを受けると思ったのかもしれない。


 そのことに気付いた僕は、辞めるように母へ頼んだことがある。父はもう僕の話を聞いてくれないだろうけど、母ならと。一縷の望みにかけていた。


 ――――アリスなら大丈夫よ。貴方と違って、とても優秀なんだから。

 

 だけど、ダメだった。母は僕の懇願を鼻で笑った。

 この時、僕は理解せざるを得なかった。

 両親の目には、もはやアリスしか映っていないのだと。僕の言うことになんて耳を貸すことはない。僕はただこの家に生まれ、捨てられずにいるだけの存在だと。


 彼らにとっての自分たちの子供と言えるのは、アリスひとりだけなんだ。


 そのことに気付いてから、僕は両親に期待することを辞めていた。

 両親の愛を一身に受けるアリスからも、距離を取った。


 アリスが嫌いになったわけじゃなかった。

 ただ、彼女の近くにあると、羨ましい悔しいといった負の感情が、どうしても溢れてきてしまうのだ。

 それは嫌だった。僕は両親のように、冷たい目を妹になった女の子に向けたくない。

 そんなことが出来る人間に、僕は絶対になりたくなかった。

 アリスを嫌いになりたくなくて、僕はアリスから離れたのだ。

 その選択は、きっと間違っていないはずだと、僕は自分に言い聞かせた。

 ……アリスの気持ちを無視している事実から、目をそらして。




 僕の求めた普通は、家族は。もう永遠に手に入らなくなった。

 同時に、生きる意味も。誰にも望まれていないのに、僕はなんで生きているんだろう。

 そう思い詰めたことは数えきれない。


 ――――秀隆くん、大丈夫? 泣かないで。


 そんな僕を抱きしめてくれた子がいた。

 優しかった。嬉しかった。初めて誰かに抱きしめてもらった。

 あの暖かさを、僕はきっと忘れないだろう。

 僕はこの子のために生きようと、そう決めた。決めた、はずだったのに――僕は、天音を裏切った。


 あの時の僕と同じように泣いているアリスに、僕は自分を重ねてしまったのだ。

 どうしても放っておくことなんて出来なくて。だから、僕は――


 

「起きてください、兄さん」



 どこか遠くで、僕を呼ぶ声が聞こえた気がした。


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