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その11

「帰りましょう、兄さん」


 放課後、帰り支度をしていると、アリスが僕の席までやってきた。

 ニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべていたが、僕としては目の前のアリスより、遠巻きにこっちを見ているクラスメイトたちのほうが気がかりだ。

 

「友達と一緒に帰らなくていいの?」


「ええ、今日は兄さんと一緒に帰りたいので」


 兄としては妹にそう言われて嬉しく思うけど、いち生徒として考えると少し複雑だ。

 クラスでも人気者の妹を僕ひとりで独占するというのは、いろんな意味で心苦しい。

 今朝のことがあるから言い出せないんだろうけど、彼らの目を見れば言いたいことはなんとなくわかる。

僕に自重して欲しいとか空気読めよと思っているだろう。家に帰れば顔を合わせるのだから、それくらいしてくれと。気持ちは大いに分かるので、僕としてもそうしたい。


「あの、僕は今日ちょっと用事が……」


 申し訳ない気持ちで一杯になり、つい断ろうとしたのだけど、


「貸し一、でしたよね」


「……はい」


 にっこり微笑まれながらそう言われたら、僕に拒否権はなかった。

 荷物をそそくさとまとめると、僕はアリスの後に張り付くようにして教室から出る。

 当然クラスメイトたちから注目を集めるわけだけど、僕は彼らと目を合わせないようアリスの後ろ髪だけを視界に収めるよう集中する。

 長い銀の糸が歩くたびにゆらゆらと揺れているが、綺麗だと思う前に早く時間が過ぎてくれと願う気持ちのほうが先にくる。


「ちなみに一緒に帰るのは、貸しには含まれませんのであしからず」


「え、そうなの」


「だって私は貸し一と言っただけですから。着いてくることを選んだのは兄さんであって、これでチャラなんて私は一言も言ってませんよ」


「そりゃそうだけど……」


 ここで口ごもってしまうあたり、どうやら僕は、根っからの小市民であるらしい。

 ずるいと言えればいいのかもしれないけど、この妹に口で勝てる気が僕にはまるでしなかった。


「大丈夫ですよ、すぐに返してもらいますから」


クスリと笑うと、妹はまっすぐに歩き出す。悪びれもせず、風を切るようにして堂々と。

これだけでもう妹とは、役者どころか配役からして違うことが分かってしまう。

 廊下に出たことで、その考えはより確かなものになる。


「おい、あの子……」


「ああ、あれが噂の……」


「綺麗……」


適当にだべっていただろう生徒たちが、彼女を見るなり廊下の端へと身体を寄せていく。

そんな彼らを気にもせず、アリスは廊下の真ん中をさも当然のように闊歩する。

生徒たちは通り過ぎるアリスの横顔を眺めるが、ぼうっと見惚れる生徒やひそひそと話す生徒もいて、それだけでも他クラスでもアリスが注目されていることが分かる。

 当たり前のことだが、僕のことは誰も見ていない。アリスという特別な存在の前では、僕など眼中になく、せいぜいが路傍の石程度の存在だ。

そんなことはとっくの昔に分かっていた。僕を見てくれていたのは、天音くらいしかいなかった。


(だから、僕は……)


 昼休みの、僕を見る天音の目が脳裏によぎる。僕のことを、天音は可哀想なものを見る目で見ていた。

 そんなことをしてなんになるのと、彼女の瞳は言っていた。自分といたほうが、絶対に幸せになるはずなのにと。そんなことは、僕だって――――


「兄さん」


 不意に、アリスが僕を呼んだ。


「他の人のことは、考えないでください」


「ぁ……」


「今兄さんといるのは、私なんです。私が兄さんと一緒にいるんです。そのことを、忘れないでください」


 振り向くことなくそう言ってくるアリスの顔は、僕からは見えない。

 どんな顔をしているかも分からない。周りの生徒たちを見るに、特に問題はないのだろう。

 表情を崩さず言っているのだとしたら、やはりアリスはすごい子だと、つくづく思う。勘の良さに驚くより先に、そう自分を納得させている僕がいることは、見ないふりをした。


「……うん」


「私には、兄さんが必要なんですから。私といる時は、私のことだけを見てください……お願いですから」


 どこか悲痛さが混じった妹からの懇願。

 それを耳にして心のどこかで喜んでいる自分がいた。


(救えないっていうのは、僕みたいなやつのことを言うんだろうな)


 妹が悲しんでいるというのに、彼女から必要とされていることが、僕は嬉しかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 曇った空気感と重い感情が凄い刺さる コレから明かされる過去が楽しみ
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