王女殿下の愛したイノブタ排骨と和風おろしカツ
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
私こと完顔夕華が教育係の太傅として御仕えする愛新覚羅翠蘭第一王女殿下は、行く行くは我が中華王朝の次期女王陛下として即位される大切な御方で御座います。
その事は殿下御自身も確かに自覚されており、次期女王に相応しい大人物となるよう日夜務めていらっしゃるのです。
この日も殿下は熱心に勉学に励まれたのですが、御座所に御戻りになる途中で私を呼び止められたのでした。
「太傅の意見を伺いたいのじゃが、近頃の宮中の食事は献立に偏りが生じておる気はせぬか。昨日は雲白肉が供され、その前は排骨じゃ。妾には、ここ最近は豚肉料理がよく供されておるように感じられる。それもイノブタ料理ばかりじゃ。」
「殿下は豚肉料理やイノブタが御嫌いで御座いますか?排骨を御召し上がりの際には、『揚げ加減が素晴らしいのう。』と大層御慶びで御座いましたのに。」
私の問いかけに、殿下は左右に小さく頭を振る形で応じられたのです。
「そうは申さぬ。特に排骨は妾の好物じゃ。それに豚は多産多幸の象徴で縁起が良いからのう。されど我が中華王朝の国軍は、依然として不穏分子の『紅露共栄軍』と黒竜江流域で戦闘状態であろう。戦時下において斯様な奢侈に耽るのは、幾ら宮廷とはいえ如何な物かと思うてな。酒池肉林の贅沢は、紂王や董卓のような古の暴君にでも任せておけば良いのじゃ。」
過剰な贅沢を好まず、己を律する事を尊ばれる。
そうした倫理観を殿下が正しく習得されていて、太傅として誠に喜ばしい限りですよ。
「或いは此度のイノブタ推しは今上女王である母君の意向あっての物なのか。仮にそれが正しければ、その真意は何か。それが気になってのう。」
そこまで御見通しとは、流石の慧眼。
利発な御世継ぎに恵まれて、我が中華王朝も安泰で御座いますね。
とはいえ浮かれてばかりもいられません。
殿下の御質問に、まだ私は回答を示していないのですから。
この完顔夕華、太傅として殿下の為になる御答えをしたい所存ですね。
さて、どこから御話し致しましょうか…
「仰る通り、ここ最近の宮中の献立は紅蘭女王陛下の勅に基づく物で御座います。そして件の献立は、此度の内戦で副産物的に生じた問題を解決する為の陛下の策で御座います。」
「内戦で生じた問題の解決とイノブタ料理か…随分と奇抜な取り合わせじゃのう。」
何とも怪訝そうに首を傾げられつつも、殿下は興味津津とばかりに身を乗り出されたのでした。
「今日の宮中で食肉として供されておりますイノブタは、此度の内戦や先の戦争等の際に養豚場より逃げ出した豚達の子孫で御座います。野生の猪と交配して世代を重ねた彼等は、やがて山中や廃村で群れを成すようになったのです。野生化したイノブタは獰猛にして貪欲。田畑の作物や輸送した食糧を狙って獣害をもたらす危険な存在で御座います。」
「そんな輩がいては、せっかく敵勢力から土地を奪還しても復興が進まぬぞ。そうして駆除したイノブタを、宮中で率先して食べようという魂胆か。それなら確かに一理ある。」
一を聞いて十を知るとは、正しく殿下の為にある言葉ですね。
「とはいえ、元が野生化した害獣で御座いますからね。民達の中には敬遠する者も少なくありません。それでなくとも、日本や台湾島の中華民国、そして我が国各地のブランド豚が市場に流通しているのですから。」
「そこでイノブタを宮廷料理に用いて、王室報道を通じて民達に喧伝するという寸法か…あの野趣溢れる滋味、民達にも喜んで貰えると良いのう…そうじゃ、太傅!今宵の妾の夕餉に、貴公も同席せぬか?イノブタを肴に、今の話の続きを致そう。妾の予感では、今宵は排骨だと思うのじゃがな…」
殿下に御誘い頂けたなら、太傅として御断りする訳にはいきませんね。
喜んで、御相伴させて頂きましょう。
夕餉の席へ優雅に着かれた殿下は、主菜の皿を一瞥されるや得心そうに頷かれたのでした。
「やはり排骨であったか。しかし、おろした大根の薬味とは…」
「恐れながら…殿下、これは和風おろしカツで御座います。」
和風という二文字を聞くや否や、怪訝そうな殿下の口元に微笑が浮かんだのです。
「ほう、日本料理か…確か女王に即位する以前の母君は、王位請求権を持つ華僑の娘として日本で暮らしていたとか…恐らくは、日本時代の思い出の味なのじゃのう。いずれ近いうち、母君と会食しながら当時の話を伺いたいものじゃ。その日の献立は勿論、和風おろしカツでなくてはのう。」
「それは宜しゅう御座います。きっと女王陛下も、御喜びになる事でしょう。」
嬉々とした御様子の殿下に頷きながら、私も和風おろしカツの御相伴に与ったのでした。
願わくば私も、その会食に同席させて頂きたい所ですね。