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エリーは語る①

かつて”少年カルロ”だった皇太子は、書庫に保管されていた風景画のスケッチを眺めながら”白樺の妖精”と”エリー”の話をしている。

よほどお気に入りのエピソードなのだろうか?

ひたすらその話をするので、耳を傾ける妻のエレーナ王女の笑顔が引き攣っている。


それはそうだろう。

覚えのない思い出をどんなに深掘りされても、返す言葉なんて見つかるはずがない。


ーーそもそも『ホンモノのエリー』である自分ですら、白樺の妖精の話なんてろくに覚えていないのだから。


”エリー”が真顔で答えたのは、本気で妖精の存在を信じていた訳ではなく、笑うほどでもない、どうでもいい話題だったから。

やり過ごすために適当に答えた”エリー”の言葉を、皇太子は美化したまま覚えているのだろう。


他の思い出だってそう。


花冠を作ったのは「作ってくれないと離宮に帰らない!」と駄々をこねられて仕方なく。

明朗な物言いは自分の意見を述べていたというよりは、ワガママを言うカルロに言い聞かせていただけ。

笑顔だって大半は苦笑いだったはず。


当初は大人の権力闘争に巻き込まれた少年の力になりたいと、本気で思っていた。

それなのにカルロは周囲の人々の苦労を意に介さず振り回し、潜伏している身でありながら何かと騒ぎを起こして悪目立ちをする。

そんなカルロに対して、寄り添いたいという気持ちは徐々に萎えていった。


それでも常に一緒にいたのは、それが自分に課されたお目付役の役割だったからだ。



だから4ヶ月前、『運命の初恋』の話を耳にした時は驚愕した。

”カルロ”の心の中で、”エリー”はそんなことになっていたのか…と。

例えそれがどんなに良き思い出だったとしても、美化するにも程がある。


ーーそれに”カルロ”は知っているはず。


”エリー”が本当は………




「なあ、エリー……」

それまで上機嫌で思い出を語っていた皇太子が、ふと真顔になりエレーナを見つめた。


「……エリーはどんなことが印象に残っている?俺のどんな姿をみて好きになったんだ?」


エレーナは皇太子の真顔の問いに内心たじろいでいるだろうに、それを少しも顔に出さずニッコリと微笑んだ。

「私は…2人で海を眺めた何てことのない日常の出来事が殊更思い出深いですわ。恋心を自覚したのは……本当に、いつの間にか、気づいたらそうでしたの……嫌だわもう!恥ずかしいですわ……」


恥じらいつつ皇太子の肩にしなだれかかるエレーナ。

敵ながら思わず感心してしまう。

ニセモノとしては100点満点の答えだ。


「そうか…そうか………」

皇太子は独り言のようにブツブツ呟いた後、一瞬だけ宙に視線を彷徨わせた。

そして納得したように、再び上機嫌に戻る。


「確かに!恋というのは気づいたら落ちているものだ!」

「そうですわね…うふふ……」


お互いにホッとしたように顔を見合わせて、2人は微笑み合う。

皇太子は多少の違和感には目を瞑ることにしたのだろう。

これでめでたく夫婦円満。よかったですね。


……と言いたいところだけど。



ーー早く、早く次のスケッチをめくって見てほしい。

そうしたら判るから………



そんな願いに応えるように、皇太子は手元のスケッチをめくった。



「………こっ……これは………!!!」


スケッチを目にした皇太子は、口をパクパクさせながらソレと隣にいる妻を見比べる。

隙のない笑みを浮かべていた妻エレーナは、たちまち顔面蒼白になっていく。


「これはっ!!……俺のエッ………」


「ーーああ、それは11歳の頃の僕ですね」



皇太子の言葉を遮ったのは、僕だ。


「やあ、これは懐かしいですね」と事もなげに笑う僕の顔を、茶番夫婦は唖然として見つめていた。



+++++++


「コレが侯爵だと!?かっ…髪の色が違うではないか!!」


僕は立ち上がり詰め寄ってくる皇太子の手からやんわりとスケッチを取り上げた。

スケッチにはワンピースの裾を捲り上げて池の水に足をつけている、長い髪の少女が描かれている。


「なぜ髪の色が違うんだ!?なぜ男のオマエが女の格好をしているんだ!?本当にコレはオマエなのか!?」


「ええ、僕ですよ?やだなあ、皇太子殿下…カルロ様もご存知ではないですか。一介の少年が侯爵令息と常に一緒にいるのは目立つ、という理由で僕が変装させられていたことを。この長い髪はカツラだということを」


「えっ…ん!?へ…へ…変装……カツラ………???」


混乱して立ち尽くす皇太子を「それが何か?」とばかりに笑顔で見返しながら、僕は(ここまでひどい思い込みだったのか……)とあらためて呆れていた。


ーーそう。皇太子は知っていたはずだ。

彼が”エリー”と呼ぶその存在が、男であるということを。

当時の侯爵令息・エルウィン…つまり僕の変装であるということを。

僕は初対面の時から既に女装をしていたものの、はっきりと『侯爵の息子エルウィン』だと名乗っているのだ。


それなのに、何故こんなことになってしまったのだろうか?


そういえば初めて会った時に顔を真っ赤にして僕を見つめていたな…とか。

嫌だと言っているのに執拗に僕の事を”エリー”という女性の名前で呼んできたな…とか。

仲の良い使用人の子どもたち…エリサやエライザが『エリー王女』と僕を揶揄ってきた時に、やけに喜んでいたな…とか。


今にして思えば確かに引っかかりはあったものの、まさかここまで自分の都合のいいように記憶を改竄しているとは……

もはや思い込みが強いとかそんなレベルではない。

どうかしている。


こんな人物に、一時でもリビーの幸せを託そうと思った僕が愚かだった。

皇太子との婚約が内定したあの時、ひっそりと彼女を諦めるのではなかった。

ダメで元々の精神で想いを告げていたら何か変わっていただろうか?


こんな事になってから後悔したところで、リビーの心の傷が癒されるわけではないが……



「そっ、そうだったな!!そういえば…そうだった…………」

「ま…まあ!!幼い侯爵がこんなに可愛らしい令嬢だったなんて知りませんでしたわ……ほほほ……」


ここまで世間を巻き込んでおきながら今更引き返せない夫。

嘘を吐いていたことを夫に気付かれてしまった妻。

2人は再び顔を見合わせて、気まずそうに微笑み合う。


このお粗末な『運命のカップル』は、もうどうしたって円満な夫婦に戻ることはできないだろう。




リビー……この一連のやりとりを書庫の物陰から見ているはずだ。

とてもじゃないが幸せとは言えない2人を見て、少しでも気が晴れてくれたらいいのだけれど。




読んでくださった方、ありがとうございます!

次で最終話です。

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