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ジュリアスは疑う

ーー何かがおかしい。


日に日に大きくなっていく妻エレーナへの違和感。



帝国の権力闘争に追い詰められ、母と引き離され、泣いていた幼い俺を支えてくれたエリー。


なにしろ9年も前のことだ。彼女がどんな顔をしていたか記憶は曖昧な部分はあるが……

亜麻色の髪を揺らし、無邪気に笑うエリーの雰囲気はしっかり覚えている。


ーーうん、覚えているはずだ………


エレーナの妹であるエリビアには記憶の中のエリーと同じものを感じた。

一目みるなり「エリーだ!」と確信が持てた。

(結局それは、エリーになりすましたエリビアの卑怯な策略だったわけだが)




しかし、本物のエリーであるはずのエレーナには……嫁いできた時も、今も、正直ピンとくるものがない。

成長に伴いかつてのような活発さは影を潜め、淑やかな大人の女性になっていたからだろうか?


俺の中の『初恋のエリー』と現実のエリーに大きな剥離がある。


そうは言っても本物のエリーなのだと大切に愛してきたが、ふとした瞬間に違和感を感じてしまう。



それは例えば、俺の思い出話に笑顔で相槌を打つ時。


俺の知っているエリーは人の話を聞くには聞くが、自分の意見を話す事も大好きだったはずだ。

自分が何をどう思ったか。

何をどうしたいか。

積極的に会話をしようとするエリーの姿勢が俺は好きだった。


だが、エレーナは俺の話に淑やかに微笑み相槌を打つだけだ。

それは別段おかしなことではないはずだが、どうにも腑に落ちない。


かと思えば、たまに意見を述べる時に我の強さが垣間見える。


先日、母上を交えて晩餐会の打ち合わせをしていた時がまさにそうだった。

「私などが意見をしてよろしいのでしょうか……?」と低姿勢をとりつつ、なんとしても自分の意見を受け入れさせようとする圧を感じるのだ。


それは『初恋のエリー』のお互いを理解し合おうとする姿勢とは異なる。



ーー成長して性格が変わることはままあることだ。


しかし俺は……運命の初恋相手を妻にしたというのに、心が晴れない。


正直、ニセモノだった妹エリビアの方が良かった……とすら思う時もある。


エリビアは明朗でよく笑い、人の話をよく聞き、自分の意見もしっかり述べた。

心から俺に寄り添おうとしていた。

見た目も夏の光のようにキラキラと輝いていて、まさに『初恋のエリー』だった。



母上にその話をすると、母上は「貴方は本当に純粋で真っ直ぐなのねえ…」と俺の頭を撫でながら微笑んだ。

「アレは貴方を騙すためのニセモノだったのですよ。卑怯なニセモノのエリビアは、貴方にとって都合のいい『エリー』の演技をしていたのです。逆にホンモノであるエレーナは演技をする必要などないのだから、多少違和感がある事こそ、むしろホンモノの証明なのですよ」


「確かに!母上のおっしゃる通りです!」



ーーそうして俺は運命の初恋相手であるエレーナに愛を注いできたのだが、ある夜、どうしても違和感を受け入れることが出来ず、とうとうエレーナに背を向けて寝てしまった。


それを機にエレーナに背を向けて寝る夜は日に日に増えていき、その罪悪感から最近はエレーナの寝室からも足が遠退きつつある。


どうしてこんな事になってしまったんだ?

俺はあんなに心から望んだ女を妻にしたというのに……



+++++++



そんなある日、側近のアントニオから市井で流行っている奇妙な歌の話を耳にした。


アントニオは言う。

「庶民の酒場で歌われるような品の悪い色恋の歌なのですが、その内容が『運命の初恋』のことではないかともっぱらの噂なのです」


「話題性のある噂に尾ひれをつけた歌が流行ることなぞ良くあることじゃないか。多少悪意があってもそれが庶民の息抜きになるのだ。放っておけばいい」

「それはそうなのですが……どうも気になることがございまして」


「では歌ってみろ」と命じると、アントニオは恥ずかしそうに咳払いをひとつして歌い出した。



『愛していると言ったその口で アンタはアタシに消えろと言った

 2人で荒波を乗り越えてきたのに そんなことは無かったかのように

 冷たい目で私を見ないで

 アタシはもう泡になって消えるから


 今夜腕の中で眠る女 あの夏の初恋じゃない

 なにも知らずに馬鹿な人ね なんて自分勝手な初恋

 冷たいベッドでおやすみなさい

 アタシにはもうどうでもいいことなの


 ホンモノはまだあの夏にいるのに

 アンタが見るのは都合のいい夢だけ


 おやすみなさい

 せいぜい良い夢をみればいい

 アタシはアンタを嘲笑いながら 今夜も飲んで歌って踊るの』



「ーーーっ!!!なんて下品な歌だ……」

「まあ、庶民の流行歌ですから……どうやら、どこぞの港町で流行ったものを船乗りたちが我が帝国に持ち込んだようですね。お聞きの通り殿下の……『例のこと』を連想させるくだりもありまして、あっという間に帝都の下町でも流行っていったようで」


恥じらいつつも感情を込めて熱唱したアントニオは、汗を拭いながら一息ついている。

俺はティーカップを手に取ると揺れる琥珀色のお茶をみつめながら考えた。



確かにこれは…この歌は俺の『運命の初恋』の歌だ。

しかも海に身を投げて死んだエリビアの視点で語っている。

民衆どもが面白おかしく脚色したゲスな流行歌なぞ、よくあるモノなのだが……


ーーこの歌を真に受けて解釈すると、姉エレーナもまたニセモノだという事になる。

しかも、ホンモノのエリーはまだ『あの夏』にいると……



「……くだらん」

俺の呟きに、アントニオが「ですよねえ」と相槌を打つ。



ーーだが、しかし。

しかし、だ。


姉のエレーナもニセモノだとすると、これまでの違和感にすべて納得がいく。


エレーナはニセモノ。

ホンモノのエリーは別にいて、そしてまだ俺を待っているのだとすると……



だとすると……!!!



「アントニオ!!!」

俺はいても立っても居られず立ち上がった。


「俺は今一度、リイシャ離宮へ行く!!!」



読んでくださった方、ありがとうございます。

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